客室乗務員からビール職人へ転身! 1杯のクラフトビールができるまで。
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客室乗務員からビール職人へ転身! 1杯のクラフトビールができるまで。

タップから注がれるのは、黄金色した美しいクラフトビール「ちよIPA」。自家醸造のできたての一杯とあって、フレッシュかつ爽快な味わいだ。醸造家の村井真吾さんは、ビールの本場・ドイツで修業を積み、その後ベトナムや香港を行き来しながら独自の製法を導き出し、オリジナルのクラフトビールを完成させた。目指したのは、“ここでしか味わえない個性豊かなビール”。今回は、この一杯が注がれるまでの長い道のりについて、村井さんから話を伺った。

Q. ビールの醸造家を志したきっかけは?

Q. ビールの醸造家を志したきっかけは?

高校生の頃、交換留学でドイツを訪れました。現地の語学や文化に触れて、帰国後もドイツと何か繋がりを持っていたいと思い、留学後も定期的に訪れていました。

大学卒業後に国内の一般企業に入社しましたが、タイミングと縁でアラブ首長国連邦(ドバイ)が本拠地の「エミレーツ航空」に中途入社。23歳でドバイに移住し、客室乗務員として8年間で100カ国以上を回りました。もともとビールが好きだったので、仕事で海外へ行くたびに、同僚たちと現地のバーに集合し、ご当地ビールを飲んでいました。

約8年間航空会社に勤め、1〜2年無職でも自由に生きていけるくらいのお金が貯まった頃、「今までと違うことに挑戦して、30歳までに別の世界に飛び込んでみたい!」という思いが芽生えました。蓄えた貯金も次のステップのために投資する覚悟で。帰国後、たまたま本屋でビール造りの本を手に取り、醸造の奥深さに興味が湧いたのが始まりです。ビールと言えばドイツが本場! ドイツと再び繋がるきっかけにもなるし、「やってみよう!」と一歩を踏み出しました。

【世界中の人々との出会いに恵まれた、航空会社勤務時代】

Q. 醸造家に転身するために、どんな手段をとりましたか?

Q. 醸造家に転身するために、どんな手段をとりましたか?

南ドイツをメインに、40軒ほどのブルワリー(醸造所)に「ビール造りを学ばせてほしい」とメールを送りました。3ヶ月ほどメールのやり取りを重ね、返事をいただいた3つの醸造所を実際に訪れました。その中から自分の目的や条件に合致した1つの醸造所で、6ヶ月働かせてもらうことに。バイエルン州のリーデンブルクという街の醸造所です。

基本的にビール造りの9割は「掃除」です。残り1割の工程が「醸造」。酵母を育てる際に20度くらいの温度で発酵させるのですが、少しでも雑菌が混入したら一気に繁殖してしまいます。これが原因で変な匂いや味になって大失敗に陥るので、入念に掃除しながら滅菌し、清潔を保たねばなりません。とにかく、タンクや備品など「清掃が命」!

そして、同じ醸造所で働くビールマイスターからも自家醸造ビールのノウハウを教わりました。毎週彼の家に行き、ピルスナーやペールエール、IPA、ラガービールなどの造り方、特に配合のバランスや温度管理、ドイツならではのオーセンティックな製法をみっちり学びました。

【本場ドイツでは正統派のビール造りを学んだ】

水や麦芽など素材選びが重要。使うポップによってビールの味が変わります。また、発酵温度の上げ下げや保ち方のさじ加減も神経を使う大事なステップ。

Q. 6ヶ月のドイツ研修を終え、さらに別の国へ?

航空会社勤務時代の同僚がベトナム・ホーチミンで暮らしているんですが、僕がFacebookに投稿したドイツ研修の写真を見て、メッセージをくれたんです。「ドイツでビールを造ってるの? ホーチミンでクラフトビールを造っているベルギー人がいて、彼を紹介したいから遊びにきて!」と。これは行かねば!と思い、ドイツから帰国した翌週にはホーチミンに飛んでいましたね(笑)。

ホーチミンで紹介してもらったクラフトビールマイスターはベルギー人とあって、彼からは独創性あふれるビール造りを教わりました。ビールの製法は国によってガラッと変わります。例えば、ドイツには「ビール純粋令」という原材料や製造について厳格なルールがあり、それを守って造らなければなりませんが、逆にベルギーは「自由」そのもの。ルールにとらわれず、いろんな素材を使いながら遊びを効かせたりしています。そんなベルギービールの真髄を1ヶ月ほど学びました。

また、弟的存在のアメリカ人が香港に住んでいたので、彼に会いに行きがてら香港の醸造所も回りました。そんなこんなで、ドイツから帰国して3ヶ月くらいは、日本〜香港〜ベトナムを行き来していましたね。その後福岡に戻り、酒類等製造免許の申請や、工房兼店舗の物件探しに向けて動き出しました。

Q. ブルワリー(醸造所)の開業には、どのくらいの資金が必要ですか?

一概には言えませんが、醸造所の賃貸契約費用や内装費、醸造設備の費用など、あれこれ節約したとしても、高級外車1台買えるくらいのお金が必要でしょうね。小規模かつ簡易的な設備だとしても最低500万円はないと難しい。1000万円くらいの資金があれば安心かなと思います。さらに店舗にするならもう少し予算が必要かも。

ブルワリーの開業には、大きな複数のステンレス製のタンクが必要不可欠です。ただ、これがとても高価で、日本で購入すると2000〜3000万円以上かかることも…。ちなみに僕の場合、設備調達の面で非常にラッキーでした。ホーチミンのビールマイスターの奥さまがステンレス会社を経営していて、そこから上質な醸造機器(発酵タンク)を格安で購入できたのです。機器設計はご主人のビールマイスターによるもの。人との繋がりと縁に支えてもらいましたね。

Q. 村井さんが開発したクラフトビールは、どんなビールですか?

Q. 村井さんが開発したクラフトビールは、どんなビールですか?

福岡県豊前市の湧き水を使用し、柑橘系のホップを使っています。看板商品「ちよエール」は苦味と甘味のバランスがよく、微炭酸で飲みやすいと女性に好評です。もう一種類の「ちよIPA」は、「ちよエール」の2倍の量のポップを使用しているので、芳醇な香りと苦味が特徴。アルコール度数もそんなに高くなく、クラフトビールの個性を気軽に味わえる一杯です。

原材料の配合や温度管理の仕方によって、ビールの色、苦味、アルコール度数までまったく違うビールに仕上がるので本当に奥が深い! この手探りの面白さは、なんだか冒険に似た感覚です。幾通りもの味を引き出せるので、ビール造りにゴールはありません。今は自分のベストの味を突き詰めていくことが楽しいです!

Q. ブルワリーパブ「あすなろブルワリー」に懸けた思いとは?

「九州のクラフトビールを盛り上げたい!」という思いで、お店を立ち上げました。もっと福岡やその近郊にクラフトビールの醸造所が増えてほしいなという願いも込めて、九州産にこだわって樽生のクラフトビールをセレクトしています。

自家醸造の「ちよエール」「ちよIPA」をはじめ、佐賀のクラフトビール「NOMAMBA(のまんば)」、八女のクラフトビール「柚子セゾン」など、その時々でラインナップを変え、樽生のクラフトビールは常時4種類揃えています。お客様には「今日は何が飲めるかな?」と、偶然の出会いや発見を楽しんでもらいたいですね。

【樽生のクラフトビールは1杯M 550円、L 900円(各税込)※写真はMサイズ】

クラフトビールに関して、福岡や九州はまだまだ発展途上。「自分で醸造してみたい」という方が店によく来られますが、資金面でなかなか一歩踏み出すことができないようです。僕からは醸造のノウハウや醸造免許の申請方法について、いろんなアドバイスができるので、この道を志す人にそういった協力をしていきたいと思っています。

Q. 醸造家として、これからの目標は?

Q. 醸造家として、これからの目標は?

ドイツやアメリカのように、国内の至るところにいろんな醸造所があって、地方へ行くたびに“そこならではの味”を楽しめる環境が日本でも築けたら、ビールを楽しむ時間がもっと豊かになるはず。

そのためにも、まずは自分が理想の味を追究して、個性豊かなおいしいビールを造り続けていきたい。そしてうちの自家醸造ビールをたくさんの人に飲んでもらい、県外のお客さんからも「福岡に来たんだから福岡のクラフトビールを飲もう!」と、選ばれる存在になりたいですね!

あすなろブルワリー 村井真吾

あすなろブルワリー 村井真吾

1985年生まれ、大分県中津市出身。一般企業を経て、アラブ首長国連邦の「エミレーツ航空」に入社。客室乗務員として8年間で100カ国以上の空を飛び回る。退職後はクラフトビールの醸造家を志し、研修のため単身ドイツへ。2018年11月、福岡市博多区千代に小規模醸造所兼パプ「あすなろブルワリー」をオープン。2019年1月に酒類等製造免許を取得し、オリジナルぺールエール「ちよエール」「ちよIPA」を製造。

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