関税政策に揺れる米国のラグジュアリーブランド価格は今後どうなる
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第2次トランプ政権下のアメリカでは4月以降、関税政策に関するニュースが連日報じられています。商売をする側も消費者側も、ニュースに一喜一憂し、不透明な今後に不安を募らせる日々です。実際の暮らしの中でも「変化」や一部の日常品や格安品に「値上げ」が見られ始めています。高級路線はどうなるのでしょうか?関税騒動に揺れるアメリカのいまを現地からレポートします(情報は2025年6月2日時点)。
4月以降、トランプ政権は関税政策を次々と打ち出し、アメリカ国内はその報道で揺れ動く日々です。米ブルームバーグが発表した5月のある世論調査によると、国内消費者の49%は関税が経済に悪影響を及ぼすと予想し、関税が経済的な恩恵になると予想した人は30%に留まったといいます。
いわゆる「トランプ関税」について5月末、大統領に与えられた権限を越えているなどとして、米国際貿易裁判所が差し止めを命じたと報じられました。トランプ政権側は不服として上訴したということです。
一般市民として、筆者が日々の生活で大きな変化を感じることはまだそれほど多くはありませんが、それでも周りをよく観察してみると、不確定な未来に備えるといった消費者心理として、必需品は買いだめしている一方で、贅沢品は財布の紐が固くなり買い控えをしている人が以前より増えているのを実感します。
実際にプライスを細かくじっくり比較してみると、4~5月にかけて価格が「微増」しているものがあることにも気付きます。関税によるこのような動きや変化は、主にスモールビジネスと格安サイトに顕著に表れているようです。
例えばニューヨーク市内のある生花店では、南米産のバラの仕入れ価格の値上げに伴い、10~20%商品価格が値上がりしたことが確認されています。
Amazonを見てみると、5月以降「Currently unavailable. We don't know when or if this item will be back in stock.(現在取扱いはなし。再入荷の予定は未定)」といったメッセージと共に買えなくなっている商品が増えたように感じます。ほかにもSHEINなど格安サイトで、5月以降に一部の商品が実際に数ドル高くなったことが確認できます。
--過去記事
国外だけではなく「トランプ関税」に揺れるアメリカ国内の日常は?
世界最大の小売店、ウォルマートも値上げ
ほかに「トランプ関税」の影響を受けている格安店と言えば、世界最大の小売企業と言われるウォルマート(Walmart)もそうです。5月下旬に一部の商品価格が引き上げられ、価格上昇は6月に加速するだろうとも言われています。
「日常的に低価格を心がけているが、今回の値上げ幅はどの小売業者も吸収できる範囲を超えている」という趣旨のコメントが、同社幹部から発表されています。衣類、日用品、電化製品から食品に至るまで幅広いラインナップをディスカウント価格で提供するのが同社の売りですから、この値上げ政策は苦渋の決断だったでしょう。
また、ウォルマートという小売の代表格が値上げすることで、ほかの企業の追随も予想されています。つまり業界の代表格が値上げに踏み切ったことでほかの店も値上げしやすくなったというわけです。
アメリカの対中関税政策では5月中ばに動きが見られました。115%引き下げられ、中国に対する関税が145%から30%に、中国の対米関税は125%から10%に、それぞれ落ち着く暫定合意です[1]。そしてあくまでもこれらは「暫定」ですから、米メディアは今後も依然として経済的な後遺症や不確実性が残るとの見方を示しています。
関税により価格を引き上げようとしている企業はウォルマートのほかに「スバル(車業界)、マテル(玩具業界)、ラルフローレン(高級アパレル)なども」という報道(米Axios)も見られます。ほかにも電化製品から住宅に至るまで、さまざまな品目の価格上昇が予想されています。
ラグジュアリー品の値上げは今後も続く?
そんな中、フランスの高級ブランド「エルメス」が、アメリカで販売される高級バッグ(バーキン、ケリーなど)やスカーフを含む全商品の値上げ方針を発表し、5月1日より値上げが始まっています。
同社は4月、ライバル企業のLVMHを時価総額で抜き、世界トップのラグジュアリー企業になったと報じられました。その一方で、同社の第1四半期の売上高が中国での低迷などにより市場予想をわずかに下回り、売上成長が鈍化しているといいます。そしてアメリカでの値上がりは「トランプ関税」とも関連しているようです。
フランスを含むEUに対しての基準関税は今年4月10日以降は10%となっています。同月2日にトランプ政権が発表した相互関税の一環で、EUからの輸入品に対しては20%が適用されるということでしたが、現在は90日間(7月9日まで)10%です[2]。
これについて米CNBCは、同社がアナリスト向けに発表した内容として「10%の関税の影響を『完全に相殺』することを目指すもの」としています。いわゆる関税負担を顧客に転嫁(=追加関税分を価格に上乗せ)する戦略です。しかし今回の値上げが今後さらに直面する可能性のある20%の関税をカバーできるわけではないということ。つまり、さらなる値上げの可能性があるということです。
今回エルメスが実施した値上げは、アメリカ国内のみとなります。ほかの地域では値上げはされないと幹部がコメントしており、日本のエルメスは影響を受けないようです。
高級ブランド業界で世界トップのエルメスが値上げの先陣を切ったことで、アメリカ国内の高級路線は「エルメスに続け」と軒並み値上げに踏み切る可能性が指摘されています。先述のウォルマートと同様ですね。90年代にはアメリカ旅行で高級ブランドを買い求める日本人旅行客も見られましたが、それも今は昔。アメリカ人が日本など国外で消費する近年の傾向が今後もより高まるでしょう。
高級業界と言えば、筆者は5月にニューヨーク市内の高級輸入家具店を訪れ、経営者に話を聞く機会がありました。その店ではソファや椅子が数千ドル(数十万円)単位で販売されています。関税の影響を受けているのか聞いてみたところ「どこも(業界は)一緒ですから」とあっさりした回答でした。高級品店の場合(エルメスと同様に)関税分を商品価格に転嫁(価格へ織り込み)するだけなので、店にとって関税の影響はそれほどないということなのでしょう。
先述のCNBCの記事にも、高級品セクター(高級ブランド業界)の場合、輸入コストの増加を高額消費層に転嫁するのが普通のため、ほかの小売業者よりも関税の影響が少ないだろうとする専門家の声が掲載されていました。
どちらにしても、経済全体で見てみると、先行きの不透明感や経済への懸念から消費者による買い控えが増えるのは必然で、小売業界全体にとっては逆風になるのは間違いないでしょう。アメリカでは年末のホリデーシーズンが消費の主要なピークです。特に小売業者にとって年末に向けた2025年の後半戦がどのような数字(売上や消費額)となるのか、その動向が注目されます。
[1] [2] 関税率は品目によって異なるが、これらの数字は原則としてベースラインの関税率を示している。(記事の数字は2025年6月2日現在)
【最新アップデート情報】日本をはじめとする56ヵ国・地域に対する相互関税は90日間停止、つまり対日本の相互関税は7月9日まで延期中(2025年4月10日発効。相互関税リストの最新情報はこちらを参照ください。