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福岡市博多区吉塚の住宅街に、プロダクトデザイナー・坂下和長さんのショップ兼スタジオ「PORT」はある。坂下さんがデザインしたプロダクトの数々を、実際に手にとれる場所だ。全くデザインの勉強を経ないまま、インテリアショップ、アンティーク家具店勤務を経て、デザイナーになった坂下さんの、頭の中をちょっと覗いてみた。
Q. まるで水そのものが器になったような、とても美しい花器ですね?
この花器はとてもおもしろくて、展示会のときに、必ずみんな触るんですよ。一般に展示されているものは触ってはいけないと思っているものでしょう? この花器には、決まりを本能的に越えさせてしまう何かがあるのです。日本でも外国でも、そう。僕はいつもちょっと離れたところでその様子を見ています。お客さんが触った瞬間に、カメラのシャッターを切るんです。「あっ」という顔をされますが、ニヤッと笑って親指を立てます(笑)。
僕にはモノの形はデザインできますが、人が触ることまではデザインできません。人の本能に訴えかけることができたという点で、この作品はとても強いパワーを持っていると思います。自分でデザインしたのかどうか、わからない感じです。
クリスタル製の花器の中心に植物を挿す穴を空け、さらに花器の縁から穴に向けてなだらかなすり鉢状の浅瀬を作りました。そこに水を注ぐと、穴からあふれた水が浅瀬の部分にたまり、さらに水の表面張力で縁からあふれそうな水で覆われます。水とクリスタルと植物という3つの要素が互いを引き立て、見る人や置いた環境によっても雰囲気が変わるのもおもしろく思っています。
【フラワーベース「shallows」2万9000円~4万6000円】
Q. このテーブルは、他のアイテムとちょっと趣が違いますね?
「制御できないものへのおそれ」のようなものに興味があってつくりました。通常デザインをするときは、不確定要素はできるだけ排除します。
この生の丸太は、乾燥によってヒビや割れという自然の変化が生じるので、敢えて切り込みを入れ、事前にそれを防止するために「背割り」を施します。それでもやはり使われる時期によっては、想像しなかったようなヒビが入ったりするのですが、それを許容することで自然への畏敬の念を抱くことに繋がるわけです。
自然の力を無理にコントロールしようとするのではなく、その力に委ね、そして寄り添うことでデザインを成立させようと試みています。最近、これ以上手が加えられなくなったものへの諦めや潔さがおもしろく感じています。
もう一つ、これは「建築ってこんな感じかな?」と感じながらつくったものでもありました。建築はさまざまな環境と地形を読み解くことでつくられます。いわばこの無作為な丸太が地形で、水平をとったテーブルの天板が、建物のようなものです。
【テーブル「ARCHITECTURE」6万8000円】
Q. イメージの広がりがおもしろいですね。こういったデザインのアイディアはどのように生まれるのですか?
ふだんはアイディアの輪郭を決めすぎないようにしています。頭の中に、気になるものをフワフワと浮かべているような状態です。1→10と順序よく考えるのではなく、3,7,5,1…というように行ったり来たりしているというか。昨日のもの、2年前のものもフラットに。そういう状態にしておくと、いざ考える段になると遠くにあったフワフワどうしが結びついて、形になったりするんです。
その上で、ただパッとひらめいただけで作らないようにしています。深みが足りないからです。実際にアイディアを固めるときには、一度地下に潜って確かめるような時間が大切です。
僕は自分がつくるものを、作品ではなく道具だと思っています。だからこそモノの周辺、モノが置かれる環境そのものにも視界を開いておく必要があると考えているのです。サッカー選手がボールの周りを広くぼんやりと見える状態にしておくことを「間接視野」と言っていて、「あ、デザインと同じ話をしている」と思いました。
使っていないときに、風景ごと様になるモノをつくりたい。その人の世界の、半径数メートルの中をステキにする仕事を、愚直にやっていきたい。
【左/コーヒーメジャー「10g」3800円】
【右/ペーパーウェイト「BIRD on the book」7000円】
Q. 坂下さんには、お金を使うときの決まりやこだわりはありますか?
モノをつくるという仕事をしているからか、買い物するのが大好きなんです。ピン!ときたものがあれば、その後、四六時中そのモノのことを考えてしまいます。結果的に買ってしまうことになるのですが、飽きずに長く使えるものを選んでいるので、無駄ではないと思いますよ。いまだに学生時代に買った服を着ているくらいです。
以前アンティークの家具を扱う店で働いていたので、モノとの出会いは一期一会だという感覚がしみついているんです。これを逃したら、出会えないかもしれないでしょう?
Q. モノが本当に好きなんですね。坂下さんは、モノを買うことの喜びはどこにあると考えていますか?
最近印象に残った買い物があります。好きな作家の展示会に行きました。以前からの知り合いなので、「今回はどんな作品をつくっているのかな?」とワクワクしながら。その中の一点に、ちょっと違和感のある花瓶がありました。違和感は「フック」です。僕には、その作家が持つ、偶然性をキャッチするセンスに惹かれました。
どうしても気になってそれを購入したところ、「そうきましたか!」と言われました。作り手同士のモノの選び方をお互いが楽しんでいると感じる瞬間でした。気になるということは「フック」に引っかかるということです。そのときに、モノを買うっておもしろいなと思いました。深く人のことを知ることに繋がっていることもあるんじゃないでしょうか。
※記事中の価格はすべて税抜
CRITIBA 坂下 和長
1976年福岡生まれ。1999年西南学院大学商学部卒業後、THE CONRAN SHOP FUKUOKA、北欧アンティークショップNESTを経て、2006年CRITIBA Design+Direction <クリチーバ>として活動開始。「本質とその周辺」をイメージすることで、「道具」としての力強さと同時に、それが在るという「風景」としての美しさを持つデザインを目指す。
PORT(事前アポイント制)
福岡市博多区吉塚1-45-27
TEL092-292-7467
http://critiba.com/
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