伝統×現代の斬新な博多人形に日本中が注目! 新進気鋭の人形師・中村弘峰の挑戦とは?
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伝統×現代の斬新な博多人形に日本中が注目! 新進気鋭の人形師・中村弘峰の挑戦とは?

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顔の表情や造りは昔ながらの博多人形だけど、野球のバットを持っていたり、ラグビーボールを抱えていたり、“普通じゃない”シチュエーションと斬新なデザイン。ただならぬ個性を放つ博多人形を手がけるのは、福岡市中央区桜坂に工房を構える『中村人形』四代目の人形師の中村弘峰(ひろみね)さん。

伝統と現代をミックスさせ、時代の片鱗を盛り込んだ独自のスタイルを展開し、人形界のみならず、伝統工芸の世界にもその名をとどろかせている。今日本中から注目を集める、若き人形師の取り組みと新しい視点を覗くために、工房を訪ねてみた。

Q. 自分の中で明確に「人形師になる」と意識しだしたのは、いつからですか?

Q. 自分の中で明確に「人形師になる」と意識しだしたのは、いつからですか?

物心がついたときには、すでに意識していましたね。 保育園の卒業文集に「人形師になる」と書いていたようです。幼い頃から家業として当たり前に感じていたので、逆にそれ以外の夢は抱いていないというか(笑)。反発精神ですか? それも全くなくて、逆にイチから好きなことを見つけて、それを仕事にする方が大変だろうなと感じていました。

イヤイヤではなく、自然と自分も人形師になりたいと思ったのは、祖父や父が楽しそうに仕事をしていたから。そして僕自身、図工が得意でした。特に絵を描く時間が好きで、この延長で仕事ができるなんて幸せだよなと、子どもながら「天職じゃん」と思っていました(笑)。もちろん、本格的に修業する段階で、「伝統とは何ぞや」と考えたり、理解したりする難しさ、産みの苦しみを味わいました。それでも、モノを作って生きていくという仕事の大筋は、親の背中を見て育ったのでイメージ通りでした。

今でもよく「プレッシャーが大きいでしょう?」と聞かれますが、そういった気持ちも全くありません。さすがに予想だにしない依頼が入った際は緊張感が走りますけど、伝統を受け継ぐ家業に対して、また作品を作ることに対してはプレッシャーはありません。きっと、ものづくりが好きっていう気持ちが勝っているんでしょうね。

Q. 江戸時代の人形が大好きだそうですね。どんなところが魅力なのでしょうか?

Q. 江戸時代の人形が大好きだそうですね。どんなところが魅力なのでしょうか?

僕は博多人形師の家系に生まれましたが、日本国内の人形すべてに興味があり、特に京都の「御所人形」が好きなんです。御所人形は江戸時代に観賞用として親しまれ、宮中の慶事や出産、結婚などお祝いの際に飾られてきた歴史のある人形。その特徴は、三頭身であること、まるまるとしたふくよかな顔つき、透き通るような白い肌にあります。全体から雅やかな気品が漂い、人間とはちょっと違う真っ白で神聖な生き物のようにも見えませんか?

御所人形の魅力はたくさんあって、この魂が抜けたようなシュールな表情に萌えます(笑)。明治時代や昭和に入ると、人形の表情が変わって、より人間らしくなるので、それよりも江戸の御所人形の方がユーモア満載で微笑ましい。なんともいえない気の抜けた表情で綱引きをしたり、人形が雛人形を持っていたり、体勢やシチュエーションの一つひとつまで面白い。

もともと御所人形は、赤ちゃんの成長と幸せを祈願して飾られた人形。もっと詳しくいうと、赤ちゃんにふりかかる病気や災いを、御所人形が身代わりになって背負うという厄除けの意味もあったので、御所人形が割れたら赤ちゃんの代わりに災厄を被った証拠だと言われてきました。ニコニコと愛らしい表情をしているのに切ない宿命を背負っている、このギャップに胸が締めつけられます。一方で、御所人形をもらった赤ちゃんが年を重ね、おじいちゃんになり、大往生で亡くなったとしても、御所人形だけは延々と残り続ける。儚くもあり、永遠の命を持つ。なんだか不思議な存在です。

Q. 中村人形四代目の人形師として、守り続けている伝統は何でしょう?

中村家が他の人形師とは違うのは、「こだわりを持たない」という姿勢です。“これがうちのやり方です”という特定のルールを持たない。依頼されたものは、本質と品格を重んじながら柔軟に作ります。間口が広いですよね。その背景には、中村家の家訓「お粥喰ってもいいもんつくれ」があり、「人形を作れ」とは限定されていないのです。作るものは問わない、けれど貧しくなってもいいものを作りなさいと、祖父が作った家訓のもと、時代が移り変わってもブレない品格と真髄が守られているのです。

そこから発展させた理念が、私たち中村人形は「人の祈りを形にする仕事」だということ。

例えば、孫のために祖父母が洋服やおもちゃを買ってあげることが多々ありますよね。けれど、健康に育ってほしいという願いや孫を大切に想う気持ちが、洋服やおもちゃ等のモノでは満たせないから、そんなときに五月人形に行き着く。自分たちの願いを見える化することで、孫や家族にも想いが伝わるし、ご本人の中でも気持ちが満たされるというか折り合いがつくのだと思います。

こういった五月人形だけでなく、他にも会社の発展を願って社名入りの人形をオーダーしたり、新年のゲン担ぎに干支人形を買ったり、見ると元気になるからそばに可愛い人形を置いたり、いろんなパターンがあります。そこに共通するのが、祈りや願い。どんなに現代の科学が発達しても、ゲン担ぎやジンクス、祈りは、時代に関わらず人間が常に持ち続けるもの。それらを見える化するのが中村家の仕事であり、最終的に「“人”の祈りを“形”にしたものが“人形”」だと考えるようになりました。

大好きな図工の延長にある仕事だと思っていた幼少期から、大人になるにつれ、人形とは、日本らしさとは、伝統とは、など悶々と考えるようになり、悩みながらも経験を積んで、ようやくこの答えに行き着きましたね。

Q. 伝統を守り続ける一方で、中村さんが新たに挑戦していることは?

Q. 伝統を守り続ける一方で、中村さんが新たに挑戦していることは?

完全なるマイワールドの博多人形を作ろうとしています。これまでの博多人形は、床の間に飾られるようなもので、慶事や時代やニーズに合わせて作られていましたが、今は多様性の時代とあって、ニーズそのものが特定しにくい世の中。だからこそ僕も自由に、自分の強力な個性と世界観を人形に落とし込みたいなと。

その象徴的なものとして、「江戸時代の人形師が現代にタイムスリップしたら」というテーマを掲げた人形があります。江戸時代にはいなかった、野球やアーチェリー、ラグビーなど、現代のスポーツ選手を、江戸時代の人形師のフィルターを通して作り上げるんです。なぜスポーツ選手なのか。それは、五月人形のモチーフとなった金太郎や桃太郎に代わる現代人にとってのヒーローとは何かを考えた際に、スポーツ選手なのではないかと思ったからです。今も昔も親が子どもに願う「たくましく育ってほしい」という祈りを、五月人形や兜ではなくスポーツ選手で表現しました。

最初は遊びでやっていたんですが、息子の五月人形のつもりで作った野球選手の作品が、3年前の金沢・世界工芸トリエンナーレ・コンペティション部門で優秀賞をいただき、多くの方に知ってもらう機会になりました。

今はスポーツ選手以外に洋犬やゴリラなど動物も作っています。僕が好きな御所人形(江戸期)の技法で、金箔や伝統の柄、現代のエッセンスを掛け合わせながら表現する。これが今ものすごく夢中になって取り組んでいるチャレンジですね。

Q. 今のチャレンジが、将来どんなふうに実を結ぶことが理想ですか?

今はスポーツ選手をメインに表現していますが、ゆくゆくは、ショベルカーを運転するおじさんとか、歯医者さんとか、ありとあらゆる人形をこの世界観で表現していきたいですね。伝統を重んじながら、今の時代性を感じる部分を残して、時代の移り変わりや人間の普遍性を感じ取ってもらえる作品を作りたい。

博多人形の常識からすると斬新なデザインですが、200年後の未来、伝統工芸の書籍の1ページに僕が作ったアーチェリー選手の博多人形が載っていたらうれしいなと思います。未来の人たちが見ても、「これ面白いね」「古くないよね」と思ってもらえて、「2000年の初めってこんな格好をしてたんだ!」とか、人形を通して今の時代の空気感も楽しんでもらえたらな。

伝統とは本気で新しいことをし続けた結果であり、振り返ってみたときにそれが「伝統」として刻まれていることに気づくものだと思います。今は斬新な挑戦だとしても、これが人形界の歴史に刻まれるものになると思って、僕もチャレンジし続けています。

Q. 突然ですが、最近の大きな買い物は何ですか?

Q. 突然ですが、最近の大きな買い物は何ですか?

物ではないのですが、最近借金を作りました(笑)。2020年後半を目標に、工房の向かいにギャラリー兼ショップを開こうと思っているので、その建築と開店準備のためにローンを組みました。ここ5〜6年じっくり構想を重ねた、中村人形にとっての新しい取り組みが、ついに動き出しました!

これまでは、人形や伝統工芸は問屋を通して百貨店などで販売されることがほとんどでしたが、時代の流れもあり、直接お取り引きするケースが増えたのもきっかけの一つ。自前のギャラリーを持つことで、作品を見ながら直接お客様と話ができるし、一般の方にも気軽に見て触れる機会があれば喜ばれそうだし、僕らにとっても広がりが持てるんじゃないかと楽しみにしています。

中村人形 四代目人形師 中村弘峰

中村人形 四代目人形師 中村弘峰

1986年福岡県生まれ。2009年東京芸術大学美術学部彫刻科卒、2011年同大学院美術研究科彫刻専攻修了。2011年より父に弟子入りし、新進気鋭の人形師として数々の伝統工芸展や美術コンクールにて受賞を果たす。2016年に「金沢・世界工芸トリエンナーレ、コンペティション部門」で優秀賞を獲得。翌年に「伝統工芸創作人形展in金沢」で中村記念美術館賞を受賞。現在は、太宰府天満宮の干支の置物のデザインを手がけ、今年も「博多祇園山笠」の土居流の舁(か)き山人形を担当する。

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