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福岡県朝倉市にある日本茶専門店「製茶所山科(やましな)」が今、日本中で注目を集めている。これまでは近所の常連客から親しまれる1962年創業の老舗店だったが、2年前のリニューアルを機に、他県からわざわざ訪れる人が増え、全国の百貨店から出店のラブコールが絶えない人気店となった。
山科康也さんは、同店の3代目。日本初の日本茶鑑定士の1人であり、日本茶インストラクター、そして茶匠と呼ばれる日本茶のエキスパートだ。家業を受け継ぐ者として、あるいはお茶の伝道師として、人生をかけて取り組んだリブランディングとは、どういうものだったのだろう? 現代の日本茶文化に一石を投じる山科さんの挑戦について話を伺った。
Q. 製茶所山科では「製茶」をしてお茶の販売をされているそうですが、そもそも「製茶」とは何ですか?
農家さんが茶葉を摘み、揉み込んで軽く乾燥させたものを「荒茶」といいます。私たちはこの荒茶を買いつけて「製茶」するのですが、製茶とは荒茶を焙煎(火入れ)して、粉茶や茎茶を選別し、特性に応じてブレンドすることです。すなわち、お茶の小売店で売られるように整形・加工すること。ここで肝心なのは、原料となる茶葉の品質を見極める選定力ですね。そして、選んだ茶葉をどう焙煎するのか、焙煎後にどうブレンドするか。お茶の味に関わる重要なプロセスとあって、一番神経を使う作業です。
「ブレンドのお茶」というと、値段を落とすために適当に複数の種類を混ぜていると思われますが、実は、しっかりと味の組み立てをしてブレンドをすると、ストレートの茶葉より味がおいしくなるんですよ! それぞれの茶葉が持つ、香り、甘み、深み。品種の持ち味を相乗効果で高められるように綿密に計算して配合するので、「製茶所山科」のブレンドティーは香りと味わいをしっかり楽しめます。
店頭では九州7県のお茶をセレクトし、いち早くお客様に最高品質のお茶を紹介しています。およそ40種類以上の茶葉をそろえており、季節によって煎茶の種類を変えたりしています。
Q. 2年前にリブランディングをして、この店舗を開いたそうですね。どんな狙いで老舗を再構築しましたか?
弊社は1962年から57年間、製茶と小売店舗を続けてきました。時代の移り変わりもあり、今の若い方にとって、お茶の小売店ってちょっと入りにくく感じられているんじゃないかと思いまして。お茶しかないから来店動機が限られるし、店に入ったところで何のお茶がいいかもわからず、何か買わないとちょっと出にくい雰囲気。なんだか敷居が高いですよね・・・。
私たちは、お茶の本当のおいしさを伝えたいという思いが一番。そのためには小売店の入りづらさや敷居をなくして、初心者でも楽しめるように間口を広げるべきだと考えました。茶器や湯のみ、お茶請けのおやつなど、茶葉以外のアイテムを展開し、パッケージのデザインを変え、空間にもユニークな仕掛けを施してリニューアルしました。お茶についてあまり知らない方でも「気になるから入ってみよう」と思わせるフックを増やしたのです。
気軽にいろんな種類のお茶を楽しめるように、1袋350円の小袋(10〜30g)から販売している
天然木や漆喰壁の自然の温かみに包まれ、お葉のいい香りにリラックスできる空間
Q. 安くて手軽なペットボトルのお茶とは全く違う、お茶本来の楽しみ方。そこに懸ける山科さんの思いも聞かせてください。
お茶には大きく2種類あり、“飲料”と“趣味”に分けられます。近年は核家族化が進み、若い世代にとって「お茶は古い存在」と思われる風潮が強くなり、家庭で急須に淹れてお茶を飲む習慣も薄れてしまいました。昔から趣味として楽しまれてきた高価な茶葉が売れなくなり、安いペットボトルの茶系飲料が主流となってしまっている。世の中が安いもの、手軽なものに流れてしまうと、高品質な茶葉を作る農家の収入が減り、優れたお茶が生産できなくなってしまいます。
もちろん飲料として、お茶のペットボトルを否定はしません。けれどやっぱり、趣味としていいお茶を楽しんでもらいたい。生産者の方が丹念に育てた高品質のお茶が市場で正当に評価されるように、私たちが一人でも多くのお客さんに紹介して、お茶を楽しむファンを増やしていかなければ。お金の使い道が多様化している現代社会の中で、お茶の新しい楽しみ方を提案し、生産とニーズの好循環を促すこと。この使命感が根底にあります。
お茶の品種は全国で60種類以上登録されているのですが、日本で生産されている緑茶・煎茶の8割が「やぶきた」という品種です。一般的にも、お茶の味=「やぶきた」の味という印象が定着している状態。本来お茶の味わいはもっと幅広くあるのに、一つの味しか知られていないなんてもったいないですよね。
コーヒーの中にスペシャルティコーヒーがあり、産地ごとに味や香りが異なるのと同じで、お茶も生産者や品種によってテイストがまったく変わるんですよ。驚くほどに甘みが強いお茶、香りが高いお茶、後口の余韻に浸れるお茶、すっと清涼感のあるお茶など、実にさまざま。自分好みのコーヒーを自宅で楽しむ方が増えたように、お茶もこれから改めて支持されると期待しています!
Q. 店内にはワインセラーならぬ、“リーフセラー”が! 店づくりでこだわったポイントは?
とにかくたくさんのお茶に触れられる場所を作ろうと思いました。好みの味を探ったり、「どんなテイストだろう?」と淹れる時間が楽しみになったり、今まで飲んだことのない味にハッとしたり……、知識欲や好奇心の扉が開く店づくりを目指しました。空間デザインを依頼した、インテリア&プロダクトデザイナーの高須学さんには、「お客さんと直接向き合えて、お話をしながら茶葉の提案ができる空間」とリクエストしました。
茶葉の購入だけでなく、いろいろなお茶を体感できる仕掛けを配しています。店内のL字型の対面カウンターは、通常はゆっくり試飲できる場所として使っていますが、イベント時にも活躍するコーナー。例えば、農家さんを招いて茶畑の話をしていただきながらお茶を味わうイベントを設けるとか、おいしいお茶の淹れ方を学べるワークショップを開くのもいいですね。店内奥は、製茶のシーンを眺められるガラス張りの「審査室」、その横に最大の見せ場となる巨大なリーフセラーを作りました!
リーフセラーはお茶にとって適度な14℃に設定し、ワインセラーのようにお客さんが自由に中に入って、茶葉を選び出すことができます。今後は生産者や品種ごとに特徴がわかるように、手書きのポップを添えていこうかなと。ポップのコメントって好奇心をくすぐられるし、実際に家で飲んでみたときに「なるほど〜!」と納得できて面白いですよね。
Q. お店では九州産のお茶をそろえていらっしゃいますが、九州産のお茶の魅力とは?
九州にはポテンシャルが高い品種がそろっていて、国内でもいい茶葉が採れる一大産地。その中でも特に福岡は高級茶玉露の産地として有名で、味・香りともに日本でもトップクラスです。また最近だと、長崎県産のそのぎ茶も香りがよくて各所で注目を浴びており、味の深さとインパクトでいうと、鹿児島県にも面白い品種がたくさんあります。
うちで不動の人気No.1は、茶匠ブレンドの「山科とろり」(100g 1080円)。九州の希少品種のみを数種類配合し、コクと甘味を最大限に引き出すように製茶しているので、日本茶の神髄を堪能していただけます。初めて飲まれる方には「お茶ってこんなに甘くて美味しいんだ!」と目を丸くして驚かれるほど。親子で買いに来られて、娘さんがリピーターになられるケースも多いです。
今年の新茶は去年より出来がいいですよ。新茶の魅力は香り。新茶の時にしか出ない青葉アルコールの香りが楽しめて、若い葉っぱだからこそ品種によって香りの差が大きく、味の印象も全く異なります。新茶も時間が経つにつれ熟成されていくので、新芽が採れる5月が一番みずみずしくフレッシュな香りを楽しめる時期ですね。
Q. 今後のチャレンジについて、時間とお金をかけてでも取り組みたいことは何ですか?
お茶だけでなく、お茶を飲む時間そのものを楽しめるアイテムを充実させていきたいと思っています。お菓子屋さんとコラボしてお茶に合うおやつを提案したり、我々プロ目線の茶器などの焼き物を開発したり、お茶の周辺部にもこだわりたいですね。来店してくださるみなさまが、お茶を選び、自分で淹れて飲むまでのトータルを楽しめるように提案していきたいです。
取り扱うお茶に関しても、将来は台湾茶や紅茶など広げていきたいなと考えています。世界中にいろいろなお茶がありますから、例えば緑茶を10回飲むところに1回違うジャンルのお茶を挟むのも、趣味の時間が深まっていいんじゃないかなと。まとまった時間がとれたら、世界中のお茶の産地を巡る旅もしてみたいですね。
例えばイタリアの田舎を回りながらディープな文化に触れて、これまでの自分の固定観念を崩しながら新しい発見を吸収したい。各地のお茶や茶器の文化に触れた後は、またここで新しい形として提案できたらいいなと思っています。
製茶所山科 山科康也
1962年、福岡生まれ。同年創業の製茶問屋の3代目として、茶葉鑑定と製茶の研究を重ね、独自のアプローチで日本茶の魅力を発信。日本で第一号の「日本茶鑑定士」の1人に認定され、国内の百貨店や、数々のイベントで実演販売を行う。また「日本茶インストラクター」「茶匠」として、飲食店の日本茶メニューのプロデュースも担当。店頭では製茶を行いながら、幅広い層にお茶のおいしさを丁寧に伝えている。
製茶所山科
福岡県朝倉市甘木1642
9:00〜19:00(土・日曜、祝日〜18:00)
定休日:なし(お盆、年末年始のみ休み)
TEL 0120-177-515
www.seichajo-yamashina.com