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福岡県うきは市は、「フルーツ王国」と言われるほど、ブドウや柿、イチゴ、ブルーベリーなどが採れる、国内でも有数の産地。肥沃な土地、温暖な気候は、巨峰やマスカットなど一般的な品種には適しているものの、一方でワイン用のブドウ、特にヨーロッパの品種となると栽培が難しく、多くの果樹農家がその品種を避けてきたに違いない。そんな中、「自園自醸」を目指し、ワイン用のブドウ栽培に取り組む農家がある。
30代で脱サラし、ブドウと向き合う日々を送る山口貴宏さんだ。不可能と言われ続けた“オールうきは産のワイン”のためのブドウ栽培を可能にした、山口さんの飽くなきチャレンジ魂の根底を聞いてみた。
Q. 広告代理店勤務から果樹農家に! きっかけは何だったのでしょうか?
広告代理店のサラリーマン時代は、帰宅時間が遅く、休みも取れなくて、子供とすれ違いの生活でした。妻にも育児を任せっきりで・・・。広告の仕事は好きでしたが、頭の片隅で、願わくば今とは違う生き方をしてみたいと漠然と思っていました。それこそ若い頃は「仕事=報酬」の感覚で、忙しいことが人生の充実と思ってましたが、年齢を重ねるにつれ、これからをどう生きていくか、自問自答することが増えたんですよ。
妻の実家が果樹農家だったので、休みのたびに畑仕事の手伝いをしていました。学生時代はラグビーをやっていたので、基本的にカラダを動かすことが大好きで。せっせと汗水垂らして働くことが気持ちいいと感じましたし、あと、会社みたいに電話がならない環境も快適だなと(笑)。
もちろん、農業のキツさ・金銭面の苦労も理解していましたよ。それでも、農家の仕事をやってみたいと思い、妻の実家を継がせてもらうかたちで、一世一代の覚悟を持って農業に転身したのです。今でも前職の上司や仲間とは繋がっていて、僕のことを応援してくれています。
Q. 2014年から「自園自醸」を目指し、ワイン用のブドウ栽培を開始。初の試みに、周囲の反応は?
僕はワインが好きなので、胸の奥で「いつかワイン用のブドウも作りたいな」と思っていました。ですが、農家に転身したての数年間は、本業である巨峰やシャインマスカット、富有柿の栽培に専念。農業を知るためにも、生計を立てるためにも、大事な部分ですから。
だんだん農家としての知識と経験がついてきたところで、代理店時代と同じように「なにか新しいことにチャレンジしたい!」という気持ちが強まってきたんですよね。そこで前から思っていた「ワイン用のブドウ栽培」に挑戦しようと決意しました。
最初、周りは「雨が多い福岡で無理だろう」「お前にできるのか?」「どうせ失敗するから、やめたほうがいい」など猛反対。僕としては「そんな風に言われるんだったら、逆にやってやろうじゃないか」と反骨精神が芽生えちゃって。あまのじゃくですよね(笑)。
福岡は巨峰の産地ではあるものの、ワインに適したブドウを作ることは難しいと言われてきました。でもね、ブドウってすごいんです。その土地に合った味になるポテンシャルがあるから、山梨や長野でよく育つ品種が福岡で成功するとは限らないし、逆に向こうで不適応だった品種が、福岡だとうまく育つかもしれない。とにかくチャレンジしがいがある。
ただ、どの品種が福岡に適しているか、どう手を加えれば適応するのかは未知数。「ワインの味はブドウの出来が9割」と言われていますから、ブドウ農家としてブドウの品質を上げることが大きな課題。ここ数年は暗中模索、試行錯誤しながら必死に育てていましたね。
Q. なぜ大変な思いをしてまで、ワインのブドウ作りを? 飽くなき挑戦への思いを聞かせてください。
だって、面白いじゃないですか(笑)! もともとワインが好きだという理由もありますが、今まで実家が作ってこなかった品種にチャレンジして、展開を広げるところにもやりがいを感じました。
マスカット・ベーリーAなど育てやすい品種ではなく、あえてヨーロッパの品種を作っているのは、ブドウ農家のプライドですね。露地栽培でブドウ栽培するのは、九州では福岡くらい。ビニールをかけた方が病気も防げるし管理も楽。だけど露地栽培の方がよく日に当たっておいしい実に育つ。福岡ではずっとこの栽培法で生食用のブドウを作り続けてきたわけですから、そんなブドウの産地で勤しむ農家としては、“他の人は無理でも俺はできる”くらいのプライドを持ってチャレンジし続けています。
今、国内でもワイン醸造が盛んになってきて、味のレベルが上がってきているし、日本に適した醸造技術が取り入れられていますよね。そのノウハウを学ぶ機会さえあれば、僕は九州・福岡でおいしいワインが作れると確信しています。ブドウの生産も醸造もオールうきは産のワイン。もしもこのチャレンジが成功したら、周りの農家にとってもプラスに影響するんじゃないかなと思っています。
【栽培している品種はメルロー、カベルネソーヴィニオン、シャルドネ、シラー、サンジョヴェーゼ、アルバリーニョ】
Q. 5年間ワイン用のブドウを作り続けて、どんな手応えを感じますか?
雨の多い土地の特性を熟知し、減農薬で健全に育てるためのテクニックと勘を掴みました。日々変わる気象条件とブドウの状態を察知しながら、地道に摘葉・摘房を続けて、糖分をしっかり含んだギリギリの状態まで完熟させること。特に、収穫のタイミングが毎度難しいんですけどね。おかげさまで3年目に350本のワイン、4年目の昨年は750本のワインが完成しました。
5年目の今年は、去年より摘房(房を減らして養分を集中させる)を増やして、収量を落としてでも一房一房のレベルをもっと上げたいと思っています。量より質! だって、これから日本ワインの激戦時代に入りますから、中途半端なブドウを作っていてもダメ。現段階でハイレベルに達していないと後がない、と思うほど緊張感を持ってやっています。だから今は、ブドウ本来のクオリティーを上げることに尽力しています。
ワインの醸造にチャレンジするのは、その先ですね。現在は他のワイナリーに醸造を委託していますが、その工程も細かく追究しています。ワイナリーの方と密にコミュニケーションをとって、醸造工程のレベルアップのために自分も入り込んで切磋琢磨する日々ですね。
【山口さんのワイン「Ukiha Vineyard」は、うきは市吉井町の「cafe&bar 溜(たまり)」と「Vin Cafe PROSPERO(プロスペロ)」で味わえる】
Q. 農家に転職して、仕事の考え方やお金の価値観は変わりましたか?
農業は休もうが働こうが自由。めちゃくちゃ忙しかった会社員時代と比べてナマケモノになるかと思いきや、農業も日々やることが多くて、結局は今もめいっぱい働いています(笑)。自然界を相手に、作業のタイミングを逃すと次の工程に間に合わないですし、やるべきことは無限・・・。でも畑仕事した後のビールは、格別にうまい! あとね、ブドウは手をかけた分、しっかり成果として応えてくれるから、それも大きなやりがいです。
お金の価値観としては、以前より責任感が強くなりましたね。自営業なので、“稼ぐための仕事”を疎かにはできません。他の職業にも言えることですが、「面白い仕事」と「稼げる仕事」って違うんですよね。家族を養うためにも、稼げるところでしっかり稼がないと。自分の場合は、本業である巨峰やシャインマスカットなどの栽培できちんと稼ぐことを重要視しています。
また、本業でトップクラスの実績を残すことで、周りが新しい挑戦にも注目してくれるでしょうから。堅実さとチャレンジ精神の両方を大切に、うきは産ブドウのワイン「自園自醸」の夢を追いかけています。
果樹農家 山口貴宏さん
1978年生まれ、鹿児島県出身。大学卒業後に広告代理店に勤め、仕事に明け暮れながらも充実した日々を過ごす。実家が果樹農家の奥様と結婚し、たまの休みに畑仕事を手伝いながら人生について考え直すターニングポイントを迎える。2012年に勤めていた会社を退職し、果樹農家へ転身。2014年から「自園自醸」を目指し、ワイン用のブドウ栽培をスタート。銘柄「Ukiha Vineyard」を掲げ、2017年に350本、2018年には750本のワインが完成。さらなるレベルアップに向けて、ブドウ栽培に精を尽くす。
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yamaguchi@fresh-fruits.jp
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