目次
- Q. 家業の酒販店をリブランディングしたそうですが、その理由は何ですか?
- Q. ルーツを意識した思い切った方向転換。背中を押されたきっかけがあったのでしょうか?
- Q. まるでギャラリーのようなお店! 空間演出のコンセプトは?
- Q. お酒が先に立たないアプローチですね。最終的にどんな店を理想としていますか?
- Q. ワインはドイツ産とオーストリア産のものに特化されていますが、セレクトのこだわりを聞かせてください。
- Q. 蔵元やワイナリーへのリスペクトと愛を感じます! さて、今後の展望は?
- Q. 川久保さんがプライベートでお買い物する際、どういう金銭感覚でものを選んでいますか?
- Kawakubo Saketen 川久保 豊愛
今までにない新しいタイプの酒屋が、糸島に誕生した。外からは店内の様子などがまったくわからない、情報を最小限に抑えたシンプルな佇まい。分厚い木の扉を開けると、瑠璃色の壁面と一枚板のカウンターが配され、美しいラインを描くライトが灯されている。横には壁一面を使ったワインのセラールームがあり、どこか美術館を彷彿とさせるムードが漂っている。「一体ここは?」たくさん飛び交うハテナマークを一つひとつ紐解くために、オーナーの川久保豊愛(とよちか)さんに話を聞いてみた。
Q. 家業の酒販店をリブランディングしたそうですが、その理由は何ですか?
以前は、価格面で勝負するディスカウント系の酒屋を経営していました。親から店を継ぐとなった時、これ以上数字ばかりを気にする営業スタイルを続けても疲れてしまうし、自分自身が楽しさを見出せるビジネスにしたいなと思いました。
では酒屋としてどう展開したらいいか。そう考える中で、僕は「人」が好きだから人との出会いを大事にしたいし、縁があって出会った人々が心を込めて、また命を削って造りあげたお酒を販売したいと思ったんです。
かつて我が川久保家は、佐賀で造り酒屋をやっていました。そんなルーツがあるものですから、ある種クラフト(工芸品)のように、造り手の温度が伝わる日本酒とワインを取り扱いたいなと。
Q. ルーツを意識した思い切った方向転換。背中を押されたきっかけがあったのでしょうか?
一番影響を受けた人物が、この店舗の内装を手がけてくれた建築家・町谷一成さんと、奥様であり同じく建築家の宮城雅子さん。お二人との出会いが僕のターニングポイントでした。
初対面からシンパシーを受け、お二人を大好きになって。その日以降、毎週のように「豊愛くんに紹介したい人がいる」「見てほしい場所がある」とたくさんの発見と縁を運んでくださいました。まさしく、僕のメンターですね。
こうして町谷さん・宮城さん夫妻をはじめ、クリエイティブな方々との出会いに恵まれて、「ぼくもこの人たちと同じ世界を見たいな」と感じました。酒屋を継ぐなら、彼らに訴えかけられるような店づくりにしよう、と決心がつきました。
Q. まるでギャラリーのようなお店! 空間演出のコンセプトは?
特にギャラリーを狙って作ったわけではありません。扉を開ける瞬間から、お客様の酒屋のイメージをかち割って、「ここは普通の酒屋じゃないぞ」とプレゼンテーションをしたかったんです。
『Kawakubo Saketen』は、僕がキュレーターとして立ち、自分の感性を揺さぶるお酒だけを紹介する場所。造り手とお客様を繋ぐ「伝え手」のポジションで、お客様が特定のお酒を探しに来るというより、僕を信頼してくださるお客様に僕が選んだお酒を楽しんでもらう店です。そんなコンセプトを、空間で表現できたらと思い、お酒を全面に出さず、僕のフィルター=世界観を大事にしました。空間演出は宮城雅子さんに依頼して、ディテールや家具などの設計は町谷一成さん、照明などのスタイリングはAcht(アハト)の田中敏憲さんに手がけていただきました。
テーブルに並べている酒器はすべて試飲用。形、材質ごとに、飲み口や香りの広がり方もそれぞれ変わるので、お酒を飲み比べながら違いを楽しんでほしいな。
【好きな酒器を複数選ぶと、その人におすすめの酒を川久保さんが提案する。生産者や酒の特徴を細かく紹介してくれるので、新しい気づきがたくさんあり、味わいに深みが増し、お酒に対する愛着も強くなる】
Q. お酒が先に立たないアプローチですね。最終的にどんな店を理想としていますか?
今は、消費者とメーカーがオンライン上で直接繋がって売買できる時代です。そんな中、流通の存在価値は何にあるのかと考えさせられます。ある酒屋さんの言葉を借りるとしたら「味を乗せられる酒屋」を目指したい。売れ筋商品を右から左に流すのではなく、お客様一人ひとりに、選び抜いたお酒の生産背景やストーリーを伝えて、その味わいに価値と深みを与えるのが僕の使命。商品を売ることが主体ではなく、これまで知られてなかったであろう魅力的な蔵元さんを紹介したり、お酒の解釈の幅を広げるようなお話をしたり、さらに酒だけに関わらずイベントを通して感動的な出会いと体験を楽しめる機会を設けたいのです。
突拍子もないもの、自分の価値観の範疇にないもの、そんな新しい発見が人生を豊かにしますが、それって人の紹介や会話の中で生まれると思いませんか? こういった視点を大事にするスタイルが、インターネットが普及する現代社会で今後増えていく気がしています。
Q. ワインはドイツ産とオーストリア産のものに特化されていますが、セレクトのこだわりを聞かせてください。
奇をてらったつもりはなく、これも人の出会いから生まれたセレクトでした。
多くの方がドイツ産の白ワインをきっかけにワインを好きになり、そのままフランスのボルドーやブルゴーニュ辺りの銘柄にハマられます。「ドイツ産のワインといえば白の甘口でしょ?」。こういった固定観念が拭えないまま、みなさんドイツワインを卒業してしまう。日本では少し日陰の存在で、かつ、誤解されがちなドイツワインのイメージを変えたいと思ったんです。
ドイツは、ワインの銘醸地と言われる北限に位置しています。冷涼な気候で育ったブドウは酸味がすばらしく、引き締まった味わいのワインができるんです。日本の食事に合いやすいのもアドバンテージの一つ。
今、お世話になっているインポーターさんが「ドイツワインの再興を目指して」というスローガンを掲げていて、その飢餓感がいいなと感じました。流行り廃りではなく、長きに渡って現地の生産者を大事にし続ける姿も誠実で。追い風じゃない環境でも、自分たちの使命感を果たすために努力し続ける。その姿勢が日本酒を扱う僕の感覚と相通じるものがありました。オーストリアのワインも、偶然個人的に好きだった品種を同じインポーターさんが取り扱っていると知って、そこからセレクトしています。
ドイツやオーストリアのワインは、フランス産やイタリア産に比べて認知度が弱い分、お客様も期待値を低く見積もられています。でも逆に、みなさんが抱く固定観念と実際の味わいが大きく違ったら…?この“うれしいギャップ”こそが強みなのかもしれません。僕のプレゼンテーションで「ドイツワインってこんなに美味しかったんだ…!」って言わせたいですし、お客様を感動をさせたいと思っています。
日本酒のセレクトは、直接蔵元へ訪れ、何度かお会いして互いに通じ合えた酒造さんとお取り引きするようにしています。地方ごとの風土もありますが、人柄に惹かれて選ぶことが多いかも。
「酒は人を映す」と言いますか、造り手の人柄がお酒に表れてるんです! サラッとしているのもあればどっしり力強いものもあり、優しさ、繊細さなど、それぞれ人柄と酒の特徴がピタッと一致するんですよね。まさに「和醸良酒(わじょうりょうしゅ)」。特に小さい蔵元だとチームワークが大事で、そこの「和」によって良酒が醸されるのだなと。造り手の人情と、酒への愛情の賜物。僕のテーマも「美しさと愛」なので、この点は本当に大事にしています。
Q. 蔵元やワイナリーへのリスペクトと愛を感じます! さて、今後の展望は?
まだオープンしたばかりで新しいことに取り組んでいる最中なので、先々のことを語るには少し早いかな。一つ言えるのは、今後も自分の感性を店に入れていきたいし、「この組み合わせって他にないよね!」なんて驚きも提供したい。お客様に“川久保豊愛が勧めるもの”を純粋に楽しんでもらいたい。
直近では、唐津のギャラリー「草伝社」さんがセレクトする唐津焼の展示を企画中。オーナーが和菓子職人でもあるので、唐津焼の器で和菓子を出してもらったり、唐津焼の作家さんを招いてお茶の会を開いたり…。個人的に僕が日本茶好きなので、器好きやお茶好きの方が集まる場所にもなれたらな。僕のことを知って、この空間ごと「体感」してもらうことで、みなさんのお酒の楽しみ方が広がったらうれしいです。
Q. 川久保さんがプライベートでお買い物する際、どういう金銭感覚でものを選んでいますか?
予算を決めて買い物をするか、自分が惚れ込んだものに対しては予算を無視して注ぎ込むタイプか。そう聞かれたら、僕は後者ですね。自分が本当に美しいと思うもの、おいしいと思うものには上限を設けません。けれど、その他のもの、例えば交通費やコンビニで買えるものに関しては結構ケチだしシビアかも(笑)。
お金って誰かを応援したり、感謝を表すものだと思っています。だから僕は好きな人が勧めるものや、行きつけのお店にお金を使いたいし、そこには糸目を付けないですね。お金を無駄遣いしたくないからこそ、安い・高いの物差しだけでお金を使いたくない。たとえ高い服でも、美しくて上質で愛のあるものなら何度も使うし、長く楽めるから。大好きなデザイナーが手がけた服を纏える高揚感も含め、とても有意義な買い物だと思いますよ。
大義のあるお金の使い方、愛のあるものの選び方をしたいですね。