目指すは東京2020。誰も成し遂げていない体操の新技に、今、立ち向かう。
PEOPLE

目指すは東京2020。誰も成し遂げていない体操の新技に、今、立ち向かう。

my story

目次

2019年2月、オーストラリア・メルボルンで開催された「FIG体操ワールドカップメルボルン大会」男子跳馬にて、「伸身カサマツ2回半ひねり」を成功させ、その技に自身の苗字「ヨネクラ」が命名されることとなった米倉英信さん。一躍、世界にその存在を知らしめた彼は現在、福岡大学の4年生。世界トップレベルのアスリートとして、学生として、どんな将来を見据えているのか。今の想いを尋ねてみた。

Q.体操を始めたきっかけについて、教えてください。

Q.体操を始めたきっかけについて、教えてください。

体操を始めたのは5歳の時です。父も大学で体操をやっていました。とは言え父は干渉するタイプではなく、コーチに任せるという感じだったのでのびのびと向き合わせてもらえましたね。試合の時も、「お疲れさま」とか、「怪我しなくてよかったね」とかそれくらいで。ただ父も瞬発力があり、足を使った種目、例えば跳馬とかゆかが得意だったようなので、そのあたりは遺伝しているのかもしれません。

Q.体操のどんなところに魅力を感じてきたのですか?

Q.体操のどんなところに魅力を感じてきたのですか?

始めてからこれまで、体操が嫌になったことがないんです。時にトレーニングが辛いと思うこともありましたが、キツイことを乗り越えるたびに試合で勝てたり、目標にしていた順位が取れたり結果が付いて来て。その嬉しさが次のモチベーションにつながってまた挑戦したくなって…。自らを常に奮い立たせてくれるところに魅力を感じているのだと思います。

Q.そんな中、生まれた「ヨネクラ」。誕生の経緯は?

Q.そんな中、生まれた「ヨネクラ」。誕生の経緯は?

跳馬はもともと得意な種目で、高校2年生くらいの時に、1回ひねりがある「伸身カサマツ」に2回ひねりを加えて計3回ひねる「ロペス(伸身カサマツ 2回ひねり)」という技を試合で使いたいと思うようになって 。その試合での完成度を上げるために、練習ではあえてもう半分、多くひねるようにしていたんです。技をマスターする際は、まずパワーを追いつかせた上で技術を磨いていく感じなので、練習で3回半ひねっておけば、試合でも余裕が生まれるのではないかと。初めの頃はとにかく練習用の跳ねやすい踏み切り板を使って何度も何度も飛び、感覚を掴んでいきました。

その甲斐あって、高校3年生から「ロペス」を試合で使えるようになったんですが、じゃあ次は3回半、とすぐには思わなかったですね。確実にレースに勝つことを考えるとリスクが高い技なので。でもそれから3年が経った2018年明けくらいに、やっぱり3回半を試合に使いたいと練習を始めたんです。と言うのも、2017年あたりから、1種目でもオリンピックに出場できる可能性が出てきたんです。僕の場合、総合では難しいかもしれないけれど、得意な跳馬でなら出場枠を狙えるのではないかと思いました。

Q.「ヨネクラ」を取得することができたポイントは?

Q.「ヨネクラ」を取得することができたポイントは?

長いこと感覚を身に付け続けてきたのが良かったのか、そのうち、3回半ひねりを試合に取り入れることができるようになりました。ちなみに「半回転」なんて“すぐ”な感じがすると思うのですが、踏み切りや空中での動作ひとつにしても実は全然違うんです。着地の向きも違うので、一気に壁が高くなります。

《空中でのわずかなズレが、着地にも関わってくる》

今、「3回ひねり」をやれる人は国内に20人くらいいると思うのですが、「3回半ひねり」になると断然少ない。「できそう」な人は何人かいるんですけど、皆、怪我が怖いので試合に入れるのには躊躇するんですね。特に膝に負担がかかる技なんです。でも僕は幸い、受け身をうまく取って負荷を逃せるタイプなので、そこには不安がありませんでした。飛んだ時、自分がどこにいるかを把握してどんな着地になるのかも予想できるし、危ない落ち方をしそうな時は瞬間的に察知して、負荷を逃がせるようにアレンジできる。技を成功できたポイントは、そこにもあったのかなと思います。

Q.「ヨネクラ」を経て、気持ちの変化は?

Q.「ヨネクラ」を経て、気持ちの変化は?

公式大会で技を成功させ、「ヨネクラ」という名前をいただいたことは本当に嬉しいですね。「本家」になったので、この技に関しては今後誰にも負けない出来栄えを追求していきたいと思っています。そして今、実はさらに半分ひねりを加えた練習も始めているんです。こちらは始めてまだ1年ちょっと。「ヨネクラ」には「ロペス」時代を含め約5年をかけたので、完成にはもう少しかかるかな、と思うのですが…。

“次”を考え始めたきっかけは、やはりオリンピックの存在が大きいです。前回のリオの時、僕は大学1年生だったんですが、その時は団体総合もしくは個人総合でなければ出場できませんでした。なので、自分にとってオリンピックは正直、あまりピンと来るものではなかったんです。けれど東京2020では1種目でも出場権が得られるようになり、夢が現実になるかもしれないと思えるように。自分自身、体力面でも精神面でも、これまでで今が一番充実しているように思うので、このタイミングはすごいなと思います。そのためにも、まずは今年度のW杯で優勝し、東京への切符を掴みたい。これからますます、集中しなければと思っています。

Q.リフレッシュ方法はありますか?

Q.リフレッシュ方法はありますか?

学校がある時はだいたい16時半〜21時が練習時間。基本的に、練習を3日続けてやって、翌日は1時間だけ行う調整日にし、その後また2日続けて練習をして、休みを取るという1週間を過ごしています。6種目それぞれに大まかに決められたメニューがあり、さらに自分の体調などを考慮し、調整しながら練習に励んでいます。

休みの前日は、友人と飲みに行くことが多いですね。それが自分にとっての貴重な息抜きになっています。食生活はわりと自由です。試合当日はおにぎりなどの炭水化物だけにしていますが、通常は好きなものを好きなように摂っていますね。もともと体が強いのか、体調もあまり崩れません。小さい頃は体が弱かったみたいですが、高校時代、風邪を引いただけで「管理がなってない!」という厳しい環境にいたこともあり、自然と強くなりました(笑)。

休みの日は、1日部屋で映画を観ながら過ごすインドア派です。体操について考えること? あまりないですね。考えちゃうとダメなタイプなので。座右の銘は「考えるな、感じろ」です。

Q.残りの大学生活、そして東京2020への抱負は?

Q.残りの大学生活、そして東京2020への抱負は?

アスリートである一方、大学4年生でもあり、後期には卒業論文の提出も待っています。運動学のゼミに所属しているのですが、実は自身の技「ヨネクラ」についてまとめてみようと思っているんです。連続写真を取り入れて角度を分析したり、技の間の意識状態や感覚はどうなのかを探ってみたり。それらを論文にまとめることによって、また違った角度から新しい技へのヒントが得られるのではないかと。このことも、東京2020への道のりに役立てられたらいいなと思っています。

体操競技選手 米倉英信

体操競技選手 米倉英信

1997年生まれ、福岡市出身。5歳から体操競技を始め、高校は名門の岡山県関西高等学校へ。2016年に福岡大学に進学し、2018年の第72回全日本体操競技種目別選手権大会で優勝。2019年2月には、FIG体操ワールドカップメルボルン大会男子跳馬にて伸身カサマツ2回半ひねりが成功。国際体操連盟(FIG)がオリジナル技に認定し「ヨネクラ」と命名された。

App store
Google play