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西日本での海女(あま)発祥の地とも言われる、福岡県宗像市の鐘崎漁港。江戸時代には300人ほどいた海女も、戦後には30人足らず、そして現在は男性の海士(あま)が主流になり、海女は2人にまで減ってしまったそう。そこで海女の文化を残すべく、市が地域おこし協力隊として海女を募集することになり採用されたのが、本田藍さんと林由佳理さんだ。これまで九州には縁がなかったという2人に、「海女」の暮らしについて聞いた。
Q.なぜ海女になろうと思ったのですか?
本田:滋賀県で高校の生物教師をしながら、ダイビングを趣味としていました。「海が遠いなぁ、もっと海の近くに住みたいな」とずっと思っていて、そのためには漁師になればいいんだ!と短絡的に考えて、定期的にインターネットで「漁師 募集」「漁師 採用」などのワードを検索していました。すると、なんと宗像市の海女公募の記事がヒットして。本当に偶然でした。実は市役所の人も「本当に応募来るかな?」と半信半疑だったそうです。
ただ海や生き物が好きだったことに加えて、古いものを守ろうと伝えていくことに興味があったので、私に向いているのではないかと思いました。
林:私もサーフィンをやっていて、海の近くに住みたいな、でも住むだけで食べていけないなと考えていて。20代前半から「海女さん、いいかも」とぼんやり考えてはいましたが、どうやって海女になっていいかは分からなかったので、募集の記事を見た時、チャンスだと思いました。
Q.最初に慣れるまでにはどんな苦労がありましたか?
本田:2018年4月に宗像に引っ越してきました。それから1ヶ月間ほど男性の海士さんに教わりながら、潜る練習を始めました。基本は、磯メガネを装着して、素潜りして海産物を採るというのが海女の仕事です。最初のうちは潜るとは名ばかりで、船酔いばかりで、ほとんど潜れず…。それからも垂直に潜ったり、波に慣れたりするので精一杯でした。
林:そうだったね。海が好きで親しんでいたので、もっと簡単に考えていましたが、全然潜れるようにならなくて。「私、いつか潜れるようになるのかな?」と疑問を持つほどでした。
本田:少し海にも慣れて実践を始め、最初にウニ漁に出ました。獲物を入れる袋を腰から下げているのですが、「本当にこれがいっぱいになるのかな?」とイメージがわかない(笑)。先輩たちはあっという間に袋いっぱいに採ってくるのですが、私たちには全然ムリ。息が短いし、一つのウニを剥がすのにも時間がかかるし。
林:ただ採れるとうれしいけどね!
本田:最近では少しは慣れてきましたが、まだまだです。
Q.毎日どのような生活を送っているのですか?
本田:2〜4月はワカメ・メカブ漁、4〜6月はウニ漁、6〜9月はアワビ・サザエ漁、12月はナマコ漁など、1年の内で時期ごとに採れるものが決まっています。これは磯組合で決められています。10〜11月、1月は休漁期間です。
林:だいたい朝の8時半くらいに船が出て、午前中の2〜3時間ほどが漁の時間です。お昼には戻ってきます。毎日海に出るわけではなく、例えばアワビやサザエは、海洋生物の保護の観点から、2日漁に出たら、2日休み。1ヶ月のうち半分しか漁にでないなどの決まりがあります。
本田:以前は、“海女御殿”が建つといわれるくらい、鐘崎漁港でもたくさんの水揚げがあったそうです。しかし今は環境が変化して漁獲量が激減していて、海女の稼ぎだけで食べていくのは難しいと言われています。
本業のあまさん達は、個人事業主として採ってきたものを市場に出荷したり、加工して販売したりしています。私たちは3年間の地域おこし協力隊のお給料が出ている任期中に、副業や様々な可能性を模索したいと考えています。例えば、林さんはカフェの店員だった経験を活かして、ワカメのクッキーやシフォンケーキを作ったり、ヨガのインストラクターの資格も持っているので、海辺でのヨガ体験のクラスを計画したり。私も小学校での授業などで、海女の仕事について伝えることができたらいいなと考えています。先日は、マリンワールド海の中道の大水槽で、海女漁の実演をしたんですよ。
林:貝の殻を使って、ジオラマづくりをやってみたりね。ムラサキウニを使って、染色もやってみました。トゲに色素があって、淡い優しいピンクに染まるんです。これも商品化できたらいいなぁと思います。やりたいと思ったら、周りのみなさんが協力的で何でもできるので、アイデア次第です。
Q.「あまちゃん食堂」はどうして始まったのですか?
本田:鐘崎漁港は、すばらしい技術はあるのに、ブランド力がないというのが問題になっていました。フグやイカなどもたくさん水揚げされますが、他の地域に出荷されてしまい、この土地の名前が表に出ることが少ないのです。
そこで、せっかくの鐘崎で採れたおいしい魚を、ここで食べられるようにしようと、漁協のみなさんたちと一緒に立ち上げたのが「あまちゃん食堂」です。メニューは定番で提供しているのが「穴子のかきあげ丼」。今なら、他に秋の季節ものの定食で「サザエ飯定食」を準備しています。季節に応じて旬のものをお出ししています。
林:福岡市内からのお客様が多いのですが、たまに東京などからいらっしゃってびっくりすることも。とにかく目の前が海というロケーションですから、新鮮さには自信ありです。「宗像大社には来たことがあったけど、鐘崎のことは知らなかった」とおっしゃる方も結構いらっしゃいます。
本田:林さんは最近メキメキ揚げ物の腕を上げていて、かきあげがとてもおいしいので、ぜひ食べに来てほしいです。あまちゃん食堂をきっかけに、鐘崎に足を運んでもらって、この土地のことをもっと知ってもらえたらうれしいですね。
Q.海女の仕事の楽しさはどんな点ですか?
本田:海の中って、みなさんにとってはふだんあまり意識しないエリアかもしれませんが、私たちは日常的に見て触れている身近な世界です。もうひとつ別のコミュニティがあるようで、豊かで楽しいなぁと思います。海の生物には、本当にへんてこなものもたくさんいます。季節によっても景色を変える、もうひとつの世界です。
Q.ちなみに一番難しい漁はなんですか?
林:ナマコ漁は難しいですね。他の漁と比べると、10mくらいまで深く潜らなければならないのと、砂地や岩場に隠れているナマコを見つけ出すのは、至難の技です。先輩に「ナマコは難しいよ」と言われた時は、別に高速で泳ぐものでもないし、底にじっとしているものを採るのが、大変なんて本当かな?と思っていたのですが。冬の寒い時期の漁でもあり、ナマコ漁はまるで戦いみたいです。
本田:漁師のみなさんたちと一緒に仕事をしていると、「仲間だけどライバル」のような関係が見えてきて面白いです。漁港全体で漁のことを考えるのは当然なのですが、「どれだけいい漁場を知っていて、天気や潮目を読んでピッタリの場所で漁ができるか」は、やはり漁師さんそれぞれの経験と力量です。そしていい漁場を悟られないために、フェイントをかける、なんてこともあるんですよ。
私たち海女ももちろんそうで、先輩たちは地形をよく知っていて、あっという間に海産物を見つけることができます。同じ時間潜っても成果が全く違うので、早く上達したいです。
Q.宗像市の住み心地はいかがですか? 今後どのようになっていきたいですか?
林:暮らしやすいですね。なによりみなさんが親切なのがありがたいです。
本田:地域おこし協力隊には3年という任期がありますが、なにより私たちは「海女になりたい」という気持ちで宗像へやってきたので、3年目以降もここに住んで海女漁をやりたいと考えています。
林:そのためには、まず漁での売上を増やせるように技術を伸ばすことと、ここで稼げるアイデアを形にしていくことを考えたいと思います。
本田:ふだん海産物を味わっていても、それがどうやって採られているか、海の資源がどう守られているか、海女がどんな仕事なのかを知らない人がほとんどだと思います。それらも伝えていけたらいいですね!
本田藍(左) 林由佳理(右)
「海が好き」「海の近くに住みたい」という気持ちで、2018年の宗像市の海女を募集する地域おこし協力隊に応募し、採用される。海女としての修行をしながら、海産物や地域の魅力を掘り起こして、発信する取り組みを行っている。
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あまちゃん食堂 福岡県宗像市鐘崎778-5 宗像漁業協同組合鐘崎本所前
営業時間 日曜の10:00~14:00
定休日 第2日曜