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真っ赤でみずみずしいトマト。古賀市でトマトを栽培する佐々木さんは、他の生産者とはちょっと異なる手法で農業を営んでいます。それは「バイオマスエネルギー」を使った循環型農業です。自然の力を最大限に活用した再生可能なバイオマスエネルギーを日本の未来のために普及させようと、農業の新システムを開発。数十年後のスタンダードを目指す、あくなき挑戦への想いを伺いました。
Q. 異業種からの転身だそうですが、以前は何をしていましたか?
製鉄所や発電所など工場の設計、建設、改修、保守を手掛ける企業でプラントエンジニアをやっていました。入社して6年間は工事監督として、現場を指揮するために日本各地を転々としていました。機械や電気、土木、化学など各分野の設備技術者が集まる中で仕事をしていましたね。その後はプロジェクトマネージャーとして、海外の建設プロジェクトも担当。インドや中国への出張が増え、長い時は一か月ぐらい現地に滞在し、外国の方と接する機会も多かったです。
Q. 大企業でのキャリアをリセットしてまで、就農しようと思った理由は?
海外出張が増えてインドや中国で仕事をしていると、どうしても心と体が日本から離れてしまうんですよ。そんな状況にハッとして、もっと日本のために何かできないかと漠然と考えるようになりました。ちょうどその頃子どもを授かり、“これから子どもたちが生きる日本の未来のために、もっとダイレクトに貢献する仕事がしたい”という思いが強くなりました。
日本が抱えている問題を一つでも解決したい。自分の経験がその問題解決に役立てられないか。そんな事業とは何だろう。色々考えて出た答えが、前職で知識や経験を得たエネルギーの分野でした。
豊かな暮らしを送るために、熱や電気などのエネルギーはこれからも必要とされるもの。日本で使われている石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料は、ほとんど輸入に頼っていますよね。今は海外から買えていますが、今後は果たして…? 絶対大丈夫とは誰にも断言できません。だったら次世代のためにも、国内で生成可能なエネルギーをもっと活用して、その普及に取り組むべきじゃないかなと。
前職では、製鉄所の熱を使って発電する設備を作っていました。熱や電気の仕組み、エネルギーのつくり方もわかっていたので、その知識と経験を活かせると確信しました。
【これまで培った知識とスキルを活かし、自製バイオマスボイラーを開発。】
Q. 佐々木さんが導入している「バイオマスエネルギー」とは何ですか?
穀物や木材、動物などの生物から作り出される再生可能な有機性エネルギー資源を「バイオマスエネルギー」と言います。このバイオマスエネルギーには、「木質バイオマス」「バイオエタノール」「バイオガス」など、さまざまな種類があり、主に発電に使われています。
サトウキビやとうもろこしなどの穀物からは、「バイオエタノール」というガソリンに近いエネルギーを生産できて、すでにブラジルでは自動車用燃料として実用化されています。ブラジルは世界最大級のバイオエネルギー大国として世界中から注目を集めているんですよ。
また、「バイオガス(メタンガス)」は生ゴミや動物の糞尿を発酵させて取り出すガスのことで、天然ガスのようなもの。それを使って発電させることが可能で、日本でも多々導入されていますが、商業的に広く普及させることがなかなか難しい。
前職でこの「バイオマスエネルギー」を知り、面白い技術だなと思いました。
Q. トマトの栽培とバイオマスエネルギーの接点とは?
独立を考えた時に、農業とバイオマスエネルギーって、非常に相性がいいんじゃないかと思いました。
日本各地に小さな山や竹林がたくさんありますよね。その近隣で、かつ、小規模に収まる範囲でバイオマスエネルギーを導入すれば、燃料を確保するための人件費も運搬費も抑えられて、うまく運用できるはず。その立地・規模条件に、農業がぴたりとハマるんです。
ちなみに、バイオマスを燃やした際に出る熱を利用して電気を起こすことを「バイオマス発電」と言いますが、これは設備や運用のコストが高くて小規模展開にはちょっと向きません。…となると、単純にバイオマスエネルギーを「熱」として利用する方が僕らにとって得策。そこで、温室で育てるトマト栽培が最適だと考えました。
あと、僕は農業未経験者でしたから、土壌で有機栽培するのがとても難しくて。もっと自分が得意とするやり方はないだろうかと悩みました。その中で、淡路島でトマトを栽培する企業の施設を見学させてもらう機会があり、その方が土を使わずにロックウールと呼ばれる人工培土と液体肥料だけで栽培する「養液栽培」をされていたんです。“トマトは土で育てるもの”という固定観念を打ち砕く新しい手法にびっくりしましたし、安定してたくさん収穫できるうえ、しっかりおいしい! しかも養液栽培の設備システムも、前職での経験上、簡単に理解できました。この設備なら我流でも作れると確信しましたね。
【オランダではトマトの養液栽培が発達している。これに習い、佐々木さんは「オランダ式養液栽培」と「バイオマスエネルギー」を組み合わせて展開している。】
Q. 最近佐々木さんが注目している「竹」について教えてください。
九州は竹林が多い地域。もともと竹は建築資材や生活用品の材料など、様々な用途に使われていました。春になるとタケノコを掘り、近隣住民に寄り添うものだったんです。けれど今は「放置竹林」という言葉があるほど、荒廃竹林が増えて社会問題に…。
そんな竹が、実はバイオマスエネルギーに活用できるんです! 竹を農業×バイオマスエネルギーに取り入れて、循環資材化できたら画期的。そういうわけで、僕らは竹を燃やし、その熱でビニールハウスを暖めて、オリジナルの養液栽培設備でトマトを育てています。
ビニールハウスも鉄製ではなく木製。自製木製農業ハウス×自製ボイラー×独自栽培システムで運用するバイオマスエネルギーの農業を成功させて、荒廃竹林が残る地域をはじめとする全国各地に普及させていけたらなと思っています。
2018年に設立した「FromTomato」は現在3人体制。僕が竹の調達やトマトの販売を行い、仲間の2人が栽培を担当。
【竹3本で1000平米のハウスを一晩暖めるエネルギーになる(外気温に対して+2℃程度)。】
Q. 脱サラして新規事業に挑んだことで、お金の価値観は変わりましたか?
サラリーマン時代と今では、お金に関しての考え方が変わった気がします。貯金が全てではないし、お金はモノやコトへの交換手段だと考えるようになりました。もちろん、これまで貯蓄してきたお金は独立の際に役に立ちましたが、今後は貯蓄だけじゃなく、稼いだお金を自分のために使うことも必要だなと思っています。
例えば、老後のために貯蓄する場合、何十年とそのお金は眠り続けますよね。数十年後の未来は誰にも読めません。せっかく貯めたお金も、今より価値が下がっているかもしれない。混沌とした世の中だからこそ、この先どんな時代でも生き抜く力を養うために自己投資することも必要なのではないでしょうか。
今、僕はバイオマスエネルギー×農業のシステム構築に投資しています。これが日本の将来に役立てられたらと思いますし、これを突き詰めていくことで自分自身の能力とスキルを上げて、どんな時代でも稼げる力を身につけていきたいと思っています。
Q. これからの目標を聞かせてください。
バイオマスエネルギーを有効利用した農業事業を、ここ古賀市だけではなく全国に広げていきたいです。その過程の中で農業や社会に関わるさまざまな課題も解決し、例えば「日本のバイオマスエネルギーシステムは、FromTomatoが普及させた」「日本のエネルギーに関する考え方に変革をもたらした企業」みたいに感謝されるような、日本の未来に貢献する存在になりたいです。長い目で見て、50年後に今のこの取り組みが評価されていたいですね…!
FromTomato 代表 佐々木悠二
1985年生まれ、福岡県古賀市出身。大学卒業後、製鉄所を建設するプラントエンジニアとして、国内外の第一線で活躍。海外のインフラ整備に携わる中で、日本の社会に直接貢献したいという思いが芽生え、同時に「バイオマスエネルギー」について着目。地球にやさしい循環型エネルギーを取り入れた農業に取り組むため起業を決意。2018年に就農し、バイオマスエネルギーを活用したトマト栽培を開始。独自システムの普及を目指し挑戦中。