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雑居ビルの2階。「A certain place(ある場所)」というサインを目印に店の扉を開けると、居心地のいいすてきなバー空間が広がり、キッチンカウンターには見慣れない調理機器がいくつも並んでいます。ここ「The Certain Bar」のオーナー・野村周平さんは、海外や東京でのバーテンダー経験を活かし、ミクソロジスト(果物・野菜・ハーブなどを組み合わせてオリジナルカクテルを作る人)として地元のカクテルバー業界に新風を起こす"話題のひと”。そんな野村さんが作り出す一杯とは? こだわりを突き詰める独自のスタイルについても話を伺いました。
Q. バー業界で注目を集める野村さん。どんなカクテルを提供していますか?
カクテルを提供する際に、僕が大事にしていることはお客さまのエクスペリエンス(経験)。素材をはじめ、その組み合わせ、煙を出したり燃やしたりのプレゼンテーションなど、これまで味わったことがない新しい体験を楽しんでもらいたいと思っています。よく常連のお客さんから「3つ以上の香りが含まれていないとThe Certain Barっぽくない」と言われます。心地いい複雑な味、香り。そんな感想をもらえると嬉しくなります。
日本のカクテルのほとんどが桃なら桃、イチゴならイチゴと、単品の素材を主役にしたものが多いですよね。僕が作るカクテルはそれとは異なり、最初の一口目から余韻にいたるまでに複数のフレーバーとテイストを楽しめるようなストーリー性を持たせた一杯。例えば、檜(ひのき)×リンゴ×バニラ、またはビーツ×ココナッツ×オレンジの組み合わせなど、字面から味の想像ができない新感覚カクテルが理想です。
Q. バーではあまり見ない、特殊な機器を使っているのも面白いスタイルですね?
遠心分離機や真空機、蒸留機、液体窒素など、これらの機器をカクテルづくりに用いることは地方じゃ珍しがられますが、世界規模で見るとわりと一般的なんですよ。先日ゲストバーテンダーとしてシンガポールへ行ってきましたが、現地のほとんどの店が何かしらの機器を使ってカクテルを作っていました。
料理の系譜もそうですが、日本はガラパゴス的。海外の外食文化では分子料理(※)がかなり根付いています。以前はアッパーなガストロノミー・レストランでしか使っていなかった専門器具や技法も、今ではカジュアルなカフェやバーで当たり前のように使われていますしね。かたや日本の外食文化では、蒸留機や遠心分離機などを使った分子料理があまり浸透していません。そんな環境下でカクテルに分子料理のエッセンスを取り入れているから、なおさら奇抜だと、変人扱いされています(笑)。
※分子料理:食材や調理のプロセスを分子レベルで捉え、 新たな美味しさを追求する料理のこと
カクテルに対して日本は、“既製のリキュールをシェイカーでシャカシャカ振る”という古典的なイメージが強くて、ハンドブレンダーを使うことすら珍しがられます。海外では普通のスタイルなので、僕の中でも“独自の技法”だとは思っていませんよ。どちらかというと、使う素材と、素材の引き出し方、素材同士の組み合わせ、提供の仕方などで“新しさ”を提案したいですね!
Q. 国産、オーガニック、旬の食材を多用していますね。素材にこだわる理由は何ですか?
倫理的側面があります。時代的にも「サスティナブル(持続可能)」「フード・マイレージ(食料の輸送する際の燃料や二酸化炭素排出量、輸送距離を数値化した指標)」の考え方が深まっているように、僕もなるべく地元の食材を使いたいと思うし、地元にお金を落としたい。
料理のトレンドがカクテル界に流れてくることは前々からよくあることで、オーガニックフードや地のもの、旬の素材を取り入れて、サステナビリティを意識する世の中の動きは、今のカクテル界にも広がっているように感じます。実際にヨーロッパでは、オーガニックの既製酒も増えてきていますよ。
あと、僕は自分の手で素材の味を一から引き出したいから、スピリッツは既製ではなく自家製。自然に近い状態で育てられた果物、香草、香辛料、特に旬の素材を厳選して、スピリッツに素材の香りや風味をつけ込んでオリジナルのカクテルを作っています。
ヒノキやスギ、ハーブなどの植物も使いますよ。ヒノキは山で採ってきたもので、蒸留機にかけて精油を作り、その香りをお酒に移しています。
【材料はフルーツのほか、スギや昆布、シイタケ、和ろうそくなど、カクテルの既成概念を覆すラインアップ。これらを使って独創的な一杯を提供する。カクテルは1杯1400円〜(税込/チャージなし)】
Q. 少し話が遡りますが、カクテルに目覚めたきっかけは何ですか?
名古屋の「BLUENOTE(ブルーノート)」でのアルバイトが、最初のターニングポイント。いろんな国のお酒を使いながらさまざまなドリンクを作り、海外のアーティストに振るまう機会もありました。アーティストから母国のお酒について色々教わったりもして、国ごとにお酒の特徴や文化があって面白いなと感じましたし、ボトルのラベルに書かれた情報以上にもっと深掘りしたくなったんです。
それで、海外で働くチャンスがあればと思っていた頃、シンガポールのバーテンダーの仕事が見つかりました。シンガポールは英語圏でハブ的な国。たくさんの国の人々が集まるうえ、ちょうど国際バーテンダー協会の会長にシンガポール人が就任して、精力的にカクテルセミナーや事業が行われていたので好都合でした。
シンガポールでは、カクテルの楽しみ方やもてなし方の面で、視野が広がったと思います。かしこまって味わうスタイルだけじゃない、もっとフランクに楽しむカクテルスタイルも“普通”に広がっているんだなと実感。また当時、シンガポールに分子料理レストランができて、そのセミナーに参加したときのことも鮮明に覚えています。レシピの中に、“パイナップルのバター炒め”が登場したんですよ。日本人が嫌がりそうな調理法ですが、火を通すと甘味が増すし、焦がし目の香ばしさとバターの香りがパイナップルに移って、結果的にすごくおいしい。シンガポールではそういった自由な発想と調理の合理性を学びましたね。
Q. 果物や野菜、植物、スパイスを融合させるミクソロジー・カクテルを作り出したのはいつ?
本格的に学んだのは、シンガポールから帰国して東京のバーで働いていた時ですね。当時の師匠が“日本のミクソロジー・カクテルの草分け”と言われる方で、イギリスのさまざまなエッセンスを日本に持ち帰っていました。ここでは“手作り”が徹底されていて、漬け込みのお酒を作ったり、フルーツを煮込んでシロップを作ったり、“素材を大事にする”姿勢を学びました。
一方で、他のミクソロジー系の飲食関係者からも「イギリスはすごい!」と聞いていたので、独立を決めた時に研修としてロンドンを訪れることにしたんです。現地で蒸留機などを用いて最高においしい一杯を提供する、最先端のカクテルシーンを目の当たりにしました。
一見すると機械=ケミカルなイメージを抱きそうですが、それは見当違い。素材の自然な味を最大限に抽出するために機器を用いるだけ。そう知って、自分も取り入れてみようと思いましたね。
Q. 野村さんが目指すカクテルは、どういうものですか?
カクテルは、すべての食材・飲料を材料として使えるので、幾通りものメニューが存在します。コーヒーや緑茶、日本酒だってカクテルの材料に使えますから。アレンジ次第では料理さえ使えて、無限の可能性があって面白い。
けれど僕は、あえて条件を狭めてクリエイトしていきたいです。材料を国産、オーガニック、旬のものにこだわるのもそう。ただし、季節の食材は天候などに左右されやすいから毎日絶対に手に入るとは限りません。手に入らない時期があれば、野菜や植物を代用して、アイデアをひねり出しています。このプロセスこそが僕が目指すカクテルの“創造”という気がしています。
【和ろうそくをウイスキーに長時間浸漬することで、ハゼの実の香りに包まれる一杯へと昇華する】
最近、僕が求めるカクテルは現代アートに似ているなと感じているんです。感覚や系譜を大事にして、クラシックなレシピをリクリエイト(再構築)する部分も共通している。味わったときの“瞬間の驚き”があるし、その文脈を知るためには受け手側にリテラシーが必要な点も、現代アートと一緒だなと。感覚だけでなく、頭で楽しむ部分も大きい。知識が必要だから広く根付かないという現状もありますけどね(笑)。
Q. ちなみに、お金をかけてでも続けたい自己投資はありますか?
自己投資は普段からよくしています。カクテルのインスピレーションを得たいと思う時、気になる創作系フレンチレストランに行ったり、海外のカクテルブックや料理本を手にすることが多いです。特に料理本からは、素材の組み合わせとか加工法とか色んなヒントを得られます。参考になりそうな本があれば惜しまず買いますね! あと、3〜4ヶ月に一回は研修目的で東京・大阪・京都など県外に足を延ばします。
Q. 最後に、今後の展望を聞かせてください。
今年に入って、全国からバーテンダーが視察で訪れるケースが増えたり、メーカーからレシピ開発の依頼もあったりと、いろんなご縁が集まっているなと…。若干バーテンダーズ・バーみたいになっているので、一般の人にわかりやすいように広げていきたいなとも考えています(笑)。店で作る自分好みのカクテルと、ニーズに合わせたクライアントワークのカクテル。それぞれ全く異なる感覚なので、両方を楽しみながら我流のカクテルを突き詰めていきたいですね。
The Certain Bar 野村周平
1984年生まれ、小倉出身。地元のクラブで働いたのち、名古屋の「BLUENOTE(ブルーノート)」のバーに立つ。縁あってシンガポールのバーで3年半働き、帰国後は東京のオーセンティックなバーへ。2017年9月に地元・小倉に「The Certain Bar」をオープン。様々な文化を融合させて作る、素材の良さを最大限に引き出した“実験的カクテル”が県内外からも注目を集めている。