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フリーランスの仕事やダブルワーク、リモートワークなど、働き方が多様化してきた今。仕事や生活の拠点を一ヵ所に絞らず、デュアルライフ(二拠点生活)を実践する人も増えて、暮らし方の幅もぐんと広がってきている。
今回はデュアルライフをいち早く取り入れ、さらに平屋暮らしの提唱者として全国的に注目を集めるイラストレーター&文筆家のアラタ・クールハンドさんにインタビュー。デュアラーの実態と、フラットハウス(平屋)の魅力について話を伺った。
Q. アラタさんがデュアルライフを送るようになったきっかけは?
会社を辞めフリーとなったとき、日本と海外の二拠点で暮らすことを目標にしていたんですよ。マンション住まいの頃は海外旅行することも多く、旅で自分のメンタルバランスを調節していました。ところが平屋に住み始めてからは気持ちが落ち着き、海外に行かずとも自己調整できるようになったんです。なので平屋生活を始めてぷつっと旅行癖が途切れた。そしていつの間にか目標も忘れてしまっていました。
そして11年の東日本大震災が大きなフェーズでした。あれをきっかけに西日本への移住を決めたんです。とはいえ、東京には両親や兄弟、友人がたくさんいましたから、“何かあればスグ戻れる”ことを前提に準備を始めました。で、運よくいい平屋を福岡と東京の両方で同時に見つけることができたので、二拠点生活というスタイルで暮らしてみようと考えたんです。これを始めたとき、かつての目標を思い出しました。国内だけど、できてるじゃないかと。まったく皮肉な話です(苦笑)。
この暮らし方を自分は「二拠点平屋交互生活」と呼んでいますが、仕事や季節、身体のバイオリズムに合わせ、そのときに暮らしたいと思う方へ移動するという、かなり自分本位なライフスタイルです。まあ最近は仕事都合で動くことが多くなりましたが、基本は気分優先です(笑)。
東京から見ると九州はジツに神秘的なエリアです。緑がうっそうとしていて海も透明度が高く、そこに人が共生しているというイメージ。人々もおおらかなラテン気質な印象です。特に福岡は九州の首都的な位置にありながら、エリアごとにカラーがあって楽しそうだなと。あと、 他の地域の人を受け入れてくれるムードもありますよね。僕の二拠点生活の流儀は、まずムリをしないということが第一義にあります。無理に地域に溶け込もうとしない、自分を努力して変えない、あくまでニュートラルに暮らすこと。
どうやらこれらが上手くできずに挫折して戻ってしまう移住者って全国に結構いるようなんです。地域の人たちと仲良くしないというわけではありません。協力はムリなくできる範囲ですればいいんです。故郷にいたときと同じマインドで暮らす。これがジツは結構大事。福岡にはこのスタイルを受け容れてくれる風土があると感じました。
そしてなにより、平屋の代表的な建物として人気の高い米軍ハウス(注1)が少なからず残っている点も魅力的です。一度住んでみたいと思っていたシングルハング(上げ下げ)窓のハウスが残っているのには驚きました。福岡でそんなディテールの物件に出会い即決したんです。
(注1)
戦後、米軍基地周辺に日本人によって建てられた駐留軍人用の低層住宅。正式名称はDependents House(家族用住宅)で米軍ハウスは俗称。
Q. どのくらいのペースで行き来していますか? 福岡と東京の暮らしぶりも気になります。
以前は半々の割合でしたが、今は1年の3/4が福岡暮らし。2~3ヵ月に1回のペースで東京へ行き、1ヵ月弱在京して戻ってくるサイクル。どちらも平屋住まいで、執筆したり自宅のカスタマイズの続きをしたり。生活スタイルの差は食以外はほとんどないですね。
二拠点生活は「転校生」になったような気分が味わえるんですよ。久しぶりに遠く離れた土地へ帰ってみて、懐かしい街並や友人に囲まれるという感覚。「あのときこうだったなぁ」なんて当時の自分に戻れたりね。毎度ノスタルジックな気分に浸れる(笑)。 福岡にしばらくいるとちょっと多摩(東京郊外)が恋しくなって、多摩にいると福岡が恋しくなる。気分が高まったところでそれぞれを往き来する。これがこの暮らしの当初想定していなかった面白さでした。ちゃんと二ヵ所で暮らさないとできない贅沢な遊びです。
生活のコミュニティを何ヵ所か持つと、楽しさと感性が今よりもっと膨らみます。生涯を同じ場所で過ごさなくてもいい、むしろ同じ場所にばかりいたらもったいない。国内のいろんなカルチャーや人との出会いを楽しめる機会を、みんなもっと意識的につくるべきだと思います。
それには、先ずできることは自らでやること。雇われずに自営することや仕事を複数持つということなど、定住型でない働き方が重要になって来ます。東京から持って来た仕事を博多でこなす、というような働き方だけでは意味がない。どこでだって仕事ができるというのは、なにもリモートワークだけではなく、どちらにも現地の仕事がある状態を作って初めて「二拠点生活」なんじゃないかと僕は考えてます。
Q. 二軒分の家賃と生活費、移動費を考えると、月々のコストがかなり高くなるのでは?
意外にも答えはNOです。余分にかかるものといえば移動の交通費くらいかな。でも僕は好きなことと仕事が一体化しているため、趣味というものがないんですよ(笑)。移動費が趣味の支出と考えれば安いものでしょ。年間4~5回ほどの往復ですが、 主にLCC(低料金旅客機)を利用するため片道1万円もかからないし、家を空けるときは電気とガスを止めるので二重生活によくある「ムダ払い」もほとんどありません。
しかも家賃は東京と福岡を合算しても6万円台。僕が新入社員時代住んでいたワンルームマンションより安いんですよ(笑)。それに、福岡は物価も低く地産地消が進んでいるため食材が本当に安い。 固定費は首都圏だけで暮らすより低いと思いますね。
Q. アラタさんは以前から平屋暮らしを提案していますが、平屋の魅力とは?
いろいろありますよ〜。先ず人間らしい生活を送りたいのなら、地面の近い環境で暮らすべきと思っています。平屋ならば庭付きが多いのでむき出しの地面が近く、ビオトープを身近に感じられる。マンション住まいが増える現在これが見落とされがちですが、人間の暮らしに最も大切な事柄のひとつです。また古い平屋はコンパクトゆえ無駄なスペースがない。2階建ては子どもが独立後に部屋を持て余してしまったりするけれど、平屋はジャストサイズ。シンプルに暮らせます。
そしてなんといっても自分でカスタマイズできるところが大きな魅力です。カーポートやパントリーも付いていたり、古い建具が残っているなど、今の住宅には見られない魅力がフラット・ハウスには満載です。
Q. 本業のイラスト以外に、リノベーション事業も立ち上げたそうですね?
まあ事業というとちょっと大げさですが(笑)。僕がセルフ改修を始めたのは東京・三鷹市の平屋に住み始めた90年代末に遡ります。当時は工務店に頼むようなお金もなかったので、まずプリント合板のドアを塗装をし、和室の畳を上げて自らで洋間にしたのが最初です。その後も天井裏に上がって断熱材を敷いたり、庭にウッドデッキを造ったり。今住む平屋では、雨漏りの修繕やロフトの製作などもやりました。ときにプロの友達に協力してもらったり教えてもらったりしつつ、手探りで仕事を覚えていった経緯です。
そのうちコストを読む感覚や、廃材を再利用するテクニックなどが自然と身について。そんな話を方々でするうちに、読者や知人から古家の改修の相談を受けるようになったんです。で、拙著の読者でもあった福岡在住の家具職人のKくんと、昨年古家再生や改装を請け負う「FLAT HOUSE planning」を立ち上げた次第です。
現在までで2棟の平屋と築50年のビンテージマンション1室を手掛けています。僕とKくんが主軸となり、ときに塗装職人や電気水道関係のメンバーが加わるなどして、案件に合わせフレキシブルに臨むという独特な運営をしています。それぞれ本業を持っていて、必要なときに集まってプロジェクトを組むというこのスタイルは、会社化したりするよりも理に適っていると思いますね。
Q. 運営する宿泊施設「FLAT HOUSE villa」についても教えてください。
「FLAT HOUSE villa」も、僕とKくんと近隣の平屋仲間とで米軍ハウスを再生した物件です。場所は福岡市東区で、60年代まで米軍基地「キャンプ・ハカタ」があった街。角地に建っていることもあって、その佇まいがよく見えるところがこの家の魅力。目立つので界隈のハウス好きは全員眼をつけていたようです(笑)。知人が大家を知っているということが判り、紹介してもらい内覧させてもらったんですが、案の定オリジナルパーツ(当時の建具や器具)が数多く残っていてね。タイル張りのバスタブを見たときは「やった!!」と内心小躍り(笑)。倉庫代わりにされ、室内外のあちこちが朽ちたままにされていたので、このままでは家が可哀想ですよと説得し借り受けられたという経緯です。
ゲストハウスの立ち上げに掛かった費用は、ざっと見積もって70~80万くらいかな。費用のほとんどは改修時の材料費ですね。その代わりできる部分はすべて自分たちで行いました。古家再生は新建材を極力使わず、中古材料や廃材を使って家に調子を合わせてやることがとても大切。また、慌てずじっくり時間をかけることも。改修にあたっては、リノベーションというより「元に戻してやる(リストレーション)」という感覚が僕らの根幹意識にあります。この「FLAT HOUSE villa」の再生では、その後の仕事に関わるたくさんのヒントを得ることができました。
「FLAT HOUSE villa」はいろんな人が滞在を通して、米軍ハウスの魅力を体感してもらえる場所になっています。平屋ファンはもとより、古いもの全般に興味がある人やこのエリアに移住したい人にとっても、この街ごと体感できるような場所にしたかった。現にここに滞在してこの街に移住を決めた人、平屋に住みだした人が何組もいるんですよ。
海岸がすぐ裏にあって50秒でビーチに出られます。ここまで海に近い米軍ハウスは全国を見てもここだけじゃないかな。近所には新鮮な地元食材を売る小さなスーパーや個人商店もあり、のんびりするノラ猫や子どもが道のど真ん中でドッジボールする姿も見られます。基地があったときはすごい賑わいだったそうですが、今や本当にユルき街(笑)。
でも自転車も載せられるフェリーが博多と往復しているので、向こうへ渡ってポタリングして帰って来るなんていう遊び方ができるのもこの街の醍醐味です。
Q. 幅広く活動されるアラタさん。これからの活動は?
主だった仕事は作画と執筆ですが、「FLAT HOUSE Planning」のオファーも増えて来ており、しかも木工仕事がかなり楽しくなって来てしまったので(笑)これをワークスタイルの軸に加えてやっていく感じですね。トークライブや大学での講義といったしゃべり仕事もありますが、これらは「平屋暮らしの布教活動の一環」といった程度。ただ、世の中がまた乱開発の方向に振れ出しているのと、しゃべるコンテンツの幅がどんどん広がって来ているので今後も精力的にやっていく所存です。ご所望いただければどこへでも話しにいきますよ。それから本当に時々ですが、音楽イベントもやっていまして、そっちは「平屋で聴く音楽」という括りで選曲したりしています。これはこの夏CD化もされることになりました。
最近は、もしかしたらもう一ヵ所くらい拠点があってもいいかもなんて考え始めてます(笑)。九州も7県で微妙に文化や言葉が違うし、20代の頃少し住んでいた中四国地方も気になってます。日本は各地域でそれぞれの特性や食が楽しめますからね。環境科学や民俗学なども学べたりと、想定外の付録もあり。これはもう「病みつき」の域かも(笑)。
イラストレーター&文筆家 アラタ・クールハンド
東京都出身。イラストレーター、文筆家、古家再生プランナー。2009年に東京の古い平屋を紹介する『FLAT HOUSE LIFE』を発刊(2017年に『FLAT HOUSE LIFE 1+2』として再発刊)。翌年には一軒の平屋をクローズアップする『FLAT HOUSE style』シリーズを自費出版し、2017年に160ページの九州版を出版。「シティ情報ふくおか」「YAHOO! 不動産 おうちマガジン」にてコラム連載中。また2019年6月には平屋で聴く音楽を集めたコンピレーションアルバム「FLAT HOUSE music」をユニバーサルミュージックからリリース予定。