趣味人File#05 「ワインに1億円」
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趣味人File#05 「ワインに1億円」

趣味とわたしとお金

好きなものは、集めずにいられない。そして集めるからには、知らずにはいられない。そして気がつけば、世界から注目されるコレクターのひとりに。

今回の趣味人は、福岡市早良区西新で、「お好み焼 あじさわ」を営む大神秀之さん。営む店の外観は、いたって普通の“お好み焼き屋”だが、扉を開けるとそこには…。

24歳で実家が営む店を引き継ぎ、必死で走り続けてきた20年。その中で、生来のコレクター魂が力を発揮し、大神さんを新しい場所へ導きます。コレクションを通じて育まれた、思いがけない出会いについても聞いてきました。

今回の趣味人:「お好み焼 あじさわ」オーナー・大神秀之さん

“カネゴン”と言われた幼少期

“カネゴン”と言われた幼少期

小さい頃から、貯金が好きでした。子供ながらにお小遣いをコツコツ貯めていたので、叔父に“カネゴン”というあだ名を付けられていたくらい(笑)。そんな中、「キン肉マン消しゴム」というものが登場して夢中に。同時に「モノを集める楽しさ」を知ったんですね。とにかく全部揃えたい。他のものには目もくれず、お金を貯めては消しゴムに注ぎ込み、最終的にはダンボール一杯に。僕のコレクター気質はここから始まったみたいです。

コレクターとしての成長期

高校ではバスケット部に所属。マイケル・ジョーダン選手に憧れていたので、彼が履いていた〈NIKE〉のバスケットシューズを買い始めたんです。すでにアルバイトをしていて、給料が入ると1足1、2万円のシューズを買う。気がつけばかなりの数を持っていました。それでも徐々に飽きてきて、どうしようかなと思っていた時にスニーカーブームが起きたんです。1万、2万で買ったものが、20万、30万で売れる。当時はインターネットがなく、個人売買の雑誌などでやり取りをしていたのですが、すごい時期でした。その後も、自然と「いいなぁ」と思ったもの…例えばG-SHOCKやデニムを買い集めると、飽きたころにブームが起きて高値で手放す、みたいなことが続いて、大学を卒業するころには、ある程度まとまった貯金ができていました。

24歳で、お好み焼き屋の店主に

24歳で、お好み焼き屋の店主に

大学卒業後は、地元の企業に入社しました。数千人の社員が働く大手で、きっちり勤めたいと思って。しかし2年目を迎えたころ、母と兄が、叔父から引き継いだ「あじさわ」の経営に苦労していることを知りました。「畳もうか」という話も出たのですが、店を作った叔父(その時すでに他界)のことが好きだったし、300万円くらいの貯金もあったので、「畳むくらいなら俺にくれ」と手を挙げたんです。それで会社を辞めてお好み焼き屋の店主になりました。

店はなかなか軌道に乗らなかったのですが、ある時テレビで「この焼酎が美味しい」と、「魔王」が紹介されていて。買って飲んでみたら美味しい。それで、しばらく影を潜めていたコレクター魂が息を吹き返し、焼酎を買い集めるようになったんです。そして集めたからには誰かと共有したくなり、店でも出してみようかと。母は店でお酒を出すことに反対したのですが、その頃プレミアム焼酎ブームがやってきていて、僕が持っていた珍しい焼酎をみんな1杯1000円でも2000円でも喜んで飲んでくれて。お好み焼きが1枚500円だったので、ものすごい利益ですよね。でも徐々に焼酎の価格が高騰し、好きでやっていた焼酎集めにも虚しさを感じるようになりました。

ワインに開眼した瞬間

10年が経った頃、思い切って店を改装することにしました。企業勤めの時、3年、5年、10年スパンで計画を立て、実行することで道が拓けることを教わっていたので、ここで流れを変えようと。せっかく改装するなら提供するお酒も変えることにして、考えた末に決めたのがワインでした。とは言え、最初は全く知識がないので、とにかく色んな種類を手当たり次第に飲んで。お客さんから「おいしいのがあるよ」と教えてもらったものは探して飲んで、ワインに関する知識を増やしていきました。

ある日、「面白いワインを出す店がある」と、近くのフランス料理店に連れて行かれたんです。そこで初めて自然派ワインに出会いました。自然派ワインとは、規定に従いながら減農薬・有機農法などでぶどうを育て、一般的に保存料として加えられる亜硫酸塩の量を極力抑えるなどして造られたワインのこと。そこでワインに付加価値が付く面白さに触れ、自分でも集め始めることにしたんです。ただしばらくは、お店のメニューに載せても全然売れない。当時は、自然派ワインを飲みたいというお客様が少なかったので仕方ないのですが、ワインボトルだけが増え続ける焦りの期間を過ごしました。そして2、3年が経った頃、お客さんがあるワインをオーダーしてくれたんです。こちらとしては、不良在庫としてくすぶっているものが1本でも売れて嬉しい!と思って開け、少しテイスティングさせてもらったんですが、それがもう、鳥肌が立つほど美味しくなっていて。ワインは寝かせると美味しくなることを知り、以降、買ってすぐ開けるためにワインを買うのではなく、将来に向けて育てるためにワインを買い集めるように。だからコレクションの数もますます増えていったんです。

これまでワインに費やしたトータル金額

これまでワインに費やしたトータル金額

ワインを集め始めて11年になりますが、最初の頃は高くても1本2万円まで、と決めて買い集めていたんです。でも今は…(笑)。おかげさまで珍しいワインがあることを知って訪ねてくれる方も増え、そんな方に「一番いいのを出してよ」と言われると、つい勝負したくなる。それで予算幅も徐々に大きくなって…。これまでトータルでつぎ込んだ金額は1億円を超えているんじゃないでしょうか。

ワインを集めすぎて失敗したこと

ワインを集めすぎて失敗したこと

ワインは、開けてみないとわかりません。数年寝かせていたのに開けるとすでに飲み頃を過ぎていることもある。その時は落ち込みますが、それも勉強のひとつだと思えば、失敗ではないかもしれないですね。

ワインがきっかけで広がった世界

ワインを集めるようになり、特に自然派ワインについてはかなり詳しくなりました。そんな中、2001年から自身の名前で自然派ワインを造っているフィリップ・パカレさんという方のファンになったんです。自然派ワイン好きのみならず、ワイン好きなら誰もが知る存在なのですが、その方が2018年にセミナーのために来福した時、僕はその方が作った2001年のワインを持って行ったんです。すると、「私ですら2001年ものは持っていない。お前スゴイな!」と大喜びしてくれて。その夜、店に来てくれたんです。世界的なワインの名手が、この西新のお好み焼き屋に(笑)。

上.大神さんが夢中になっているフィリップ・パカレ氏が手がけた1本「フィリップ・パカレ エシェゾー グラン・クリュ」
左.フランス・ブルゴーニュでパカレ氏のワイナリーを訪ねた時の記録は宝物

開店の18時から夜中1時まで、6人で10本くらいワインを開けておられたでしょうか。さらにリストの中から奥さんの生まれ年のドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ社のワインを見つけてぜひ飲みたいと。周りからは「お金が足りないから無理」と諭されていましたが、僕は、のちにあなたのワインと引き換えてくれるならいいよと開けたんです。そしたらまた大喜びしてくれて、「ぜひ私のワイナリーに遊びにおいで!」と。そんな事言われたら、行かない訳にはいきませんよね。店を継いで20年、大晦日と元日しか休まずやってきましたが、昨年2週間のお休みをいただいて、フランスのブルゴーニュに行ってきました。彼の案内のもと、醸造中の全てのワインを試飲させていただいて感激でしたね。お好み焼き屋にこんなチャンスが訪れるなんて思ってもみませんでした。

ワイン好きのこれから

ワイン好きのこれから

お好み焼き屋が、ワインの中でもさらに少数派の自然派ワインをコレクションしているというのが面白いのか、今では県外、海外から訪ねてくださる方も。でも僕は、自分の周りが幸せであればそれで満足だし、気軽に自然派ワインを楽しむことを大切にしたい。だからこそ、酒屋で買ってきたものをそのまま店で出すのではなく、数年かけて大事に育てて、飲み頃になったものを楽しんでもらうひと手間をかけることを大切にしています。でも自然派ワインもここ数年で価格が上がってきてしまって…。このままだと、また熱が冷めてしまうのかもと、自分のことが心配です(笑)。

お好み焼 あじさわ
福岡県福岡市早良区西新1丁目11番20号
TEL:092-847-1407
営業時間:ランチ11:30〜14:00、ディナー17:00~23:00(OS22:22)※ランチは月、水、金、土、日のみ
定休日:12/31、1/1
【Facebook】(https://www.facebook.com/azisawa/)