ジャン=ポール・ゴルチエ の世界に、25年で1億円
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ジャン=ポール・ゴルチエ の世界に、25年で1億円

趣味とわたしとお金

今回の趣味人は、高校時代にフランス人デザイナー、ジャン=ポール・ゴルチエの世界観に魅了され、四半世紀をかけて約1000着を集めた吉田淳二さん。近年は、自身のコーディネートをInstagramに日々アップ。そのハッピーでオリジナリティ溢れるスタイルも注目を集めています。そんな吉田さんにとって、「ファッション」そして「ジャン=ポール・ゴルチエ」とは? かける想いについて聞いてきました。

今回の趣味人:吉田淳二さん

それはまるで、恋のように

それはまるで、恋のように

高校2年生の時、友達に「行きたい店があるから付いてきて」と誘われたのが全ての始まりですね。もともとファッションには興味があって、中学生くらいから親のジャケットを借りてコーディネートを楽しんだりしていたんです。そんな時に訪れた「ジャン=ポール・ゴルチエ」の店、その世界観は衝撃的でした。理由を聞かれるとうまく答えられないんですが、店に入った途端、恋に落ちたという感じ…。人を好きになるのに理由がないのと同じです。あえて言うなら、ジャン=ポール・ゴルチエの服には、自分を表現するために必要なものがすべて詰まっていると思えたんでしょうね。その日から毎日バイトに励んで、1着、2着と買い集めるようになりました。それが25年続いて、コレクションは約1000着に。シーズンごとにくまなく見てきたので、自分のものはもちろん、人が着ているものでも何年のコレクションのものか、8割は当てられますよ。

《初めて購入した「ジャン=ポール・ゴルチエ」は、ボーダーのニット。今も現役!》

自分を表現する手段として

自分を表現する手段として

ファッションはなくても生きていけるものですが、言葉と同じで、人だけに与えられた表現方法のひとつですよね。「人間、中身が大事」とも言われるけれど、中身は外見から判断するしかない。と考えると、外見(ファッション)ってすごく大事だと思う。そしてそこにはトレーニングが必要で。今でこそ僕も「吉田さんらしい」と言われるファッションを楽しんでいますが、それは自分で身銭を切ってきたから。買い始めた頃は、「ゴルチエであれば何でも」と、手当たり次第に手に入れて、でも着たら似合わない…というものも山ほどありました。幸い、物持ちが良いので、当時は失敗したと思ったアイテムが、数十年の時を経て似合うようになったりもしているんですけど…。でもそうした試行錯誤を経て、自分に似合うもの、自分を表現できるものがわかるようになったんです。どんなことにも言えると思うのですが、身銭も切らず、失敗もせずに成功することってあるんでしょうか? 人からは「無駄遣い」に見えることでも実は投資だったり。決して無駄使いではないと思うんです。

《ゴルチエを代表するモチーフ。トレンチコートのディテールを取り入れたバッグも色違いで3つ所有》

ちなみに、今日身につけているこのボーン(骨のようなデザインのアイテム)は30万円。そしてこの帽子はいくらだと思います? よくこれもゴルチエだと思われるのですが、実は100円均一で見つけたもの(笑) 。僕はジャン=ポール・ゴルチエが大好きで、彼の服をメインにコーディネートしますが、「今日の気分」を表すために必要なアイテムがあって、それにピッタリのものがあればどんどん取り入れます。基準は自分の世界に当てはまるか、はまらないか。はまれば高くても買う、はまらなければたとえ10円でも買わない。買ったものは値段に関係なく、普段のシチュエーションでもどんどん着ます。高いからと大事に取っておくことはしない。たとえ劣化しても、それも味わいです。

《右.ゴルチエのフレグランス「ル・マル」も1997年のリリース日から1日も欠かさず愛用。「下着よりも先に身につけるもの」と吉田さん。/左.「ル・マル」が入った缶をモチーフにしたバッグ(約25万円)も所有》

これまでに費やしてきた金額は…

これまでに費やしてきた金額は…

トータルで1億円は超えているんじゃないでしょうか。でもファッションに1億って、そんなに珍しいことじゃないですよね。日本にも1着で数千万のドレスを着ているセレブはたくさんいらっしゃいますし…。その中で、自分に興味を持っていただけるのは、1つのブランドにとことん入れ込んできたところ、全て正規の店でコツコツ買ってきたところ、手に入れるためなら、例えば食パンの六つ切で6日間過ごしていいと思えた情熱があったところでしょうか。ちなみに、若いころは衣食住の「衣」に全力投球して、徐々に「食」にも興味が出て来て、最近は「住」にも…。年々、欲が増えて大変です。「いつか、ふ化して帰って来いよ〜」という思いを込めて、シャケ(お金)を世の中に放流しているつもりなんですけど、彼らは果たして帰って来てくれるのでしょうか(笑) 。

若い時も、お金を思い切って使うことに怖さはなかったですね。次に欲しいものが出てきたら、それを手に入れるためにがんばろうと思っていたので。「さすがに高い」と思うものもありますよ。だからと言って、似たものを…とはならない。僕はやっぱりジャン=ポール・ゴルチエというデザイナーをリスペクトしているので、「買う」ことで彼に喜んでもらいたいんです。クリエイターに「ファンです」「好きです」、と言うのは簡単。でもその作品にお金を注いで初めて、アーティストに敬意を払ったことになるんじゃないかと思うんですね。僕は音楽もすごく好きで、CDも2000枚くらい持っているんですけど、音楽も配信ではなく、CDを買うことにこだわります。だって、そのアルバムを作るために、どれだけの人が動いたか。それをカタチとして感じられるのがCDやその中に入っているジャケット、ブックレット。だからリスペクトと感謝を込めて、そこにはお金を使います。

《ゴルチエが大切にしていたテディベアをモチーフにした「ナナちゃん」。特に左のマドンナバージョンは珍しいのだとか》

服を通してハッピーに

コレクションが増えすぎたこともあって、2015年に知人の店を借りて、僕のコレクションの一部を展示販売するイベントを行ったんです。オークションに出す方法もあったのですが、顔が見える形で売ってみたくて。1週間ほどのイベントでしたが、楽しかったですね。服も予想を超えて60着ほど売れて、普通車1台分くらいのまとまったお金になりました。自分の歩いてきた軌跡がお金に変わったような、不思議な感じでしたね。その資金でまた、新しいアイテムを迎え入れることになったんですが(笑)。

1000着持っていても、買い逃しているものが山ほどあるんです。僕は毎日、その日の気分やテーマに合わせて服をコーディネートするのですが、「あのアイテムがあれば完璧だったのに!」と思うこともしばしば。だから服はまだまだ欲しい。こんな生活、すごく大変なので人には勧めませんが、僕は日々ワクワクできます。海外に行ったら必ず声をかけていただけますし、日本でもお年をめした方や子供たちには大人気(笑)。これからもファッションで、自分はもちろん、周りの人もハッピーにできたら最高ですね。

いつか仕事を共にする日が来たら…

「本人に会ってみたい?」と尋ねられることがありますが、デザイナーとファン、という関係性でなら特に思いませんね。一緒に何かをできるくらいの立場になったら会いたいです。実は僕、彼の世界観が好きすぎたのと、世の中にもっと彼の服を知って欲しいという思いから、ファッションショーを開催したことがあるんです。舞台装置や演出も僕が担当。自前のゴルチエを使って観客を300人くらい集め、モデルに服を着て歩いてもらうだけではなく、プロのダンサーも呼んでエンターテイメントショーみたいなものにして。それがすごく好評で、結局11年で16回も開催することになったんですが、自分自身もそれをきっかけにプロデューサー業にすごく興味を覚えたので、実は今、その道に進む準備をしているんです。そう考えると、ゴルチエは常に自分の人生を牽引してくれる存在ですね。ゴルチエの服を着ていると、何かしら表現したくなるんですよ。選択肢が山ほどある世の中ですが、僕は空から降ってきたジャン=ポール・ゴルチエに一本釣りされて、本当に良かったと思っています(笑)。

《2015年、オートクチュールのショーのインビテーションは宝物》

吉田淳二

1977年福岡県生まれ。15歳の時にジャン=ポール・ゴルチエの服に出会って以来、約四半世紀に渡り買い集め、同ブランドの服だけで約1000着を所有。現在は、アーティストとしてドローイング作品の展示や、ショーのプロデュースなどを手がけている。