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福岡市内から車で約1時間。「MINOU BOOKS & CAFE」は、昔ながらの町並みが残る、うきは市吉井町にあります。大きな窓越しにずらりと本が並ぶ風景に、なんだか心が浮き立ちます。福岡市天神の人気カフェで働いていた石井勇さんは、4年前に故郷であるうきは市に戻って、お店をオープンさせました。ここならではの店作り、働き方について、話を伺いました。
Q.なぜ「本屋&カフェ」というスタイルでお店を作ったのですか?
以前働いていたカフェでは、小売の店を併設していて、そこではアートブックやリトルプレスなどを扱っていました。僕はそこで6年間本や雑貨の仕入れを担当していて、その時に「本って楽しいな」と感じました。装丁やサイズ、紙などに工夫を凝らして作られた本からは、自由を感じるのです。だから、自分が店を持つとしたら、本屋がやりたいなと思っていました。本屋といってもいろいろな形態がありますが、カフェと一緒にすることで売上を確保しつつ、街の本屋として成り立つように考えました。
Q.どんな本をセレクトしているのですか?
地元のみなさんに向けて、提案できる本屋にしたいと考えました。「暮らしの本屋」というコンセプトをもとに、まずは衣食住の生活まわりに関する本を集めていきました。さらにアートブックや写真集、新しい価値観や考え方を伝える本を加えて棚を作っていきました。必要とされる本と、こちらから提案する本を混ぜている感じです。
今は、うきは周辺の地元のお客さんと、福岡市内や大分からの観光のお客さんが半分ずつという感じです。意外に売れるのが、植物辞典や山登りの本、野草の本。ちょっと足をのばして来てくれた気持ちのよさからか、よく売れますね。それに合わせて、いまは期間限定で、長野発のテキスタイルブランド「H/A/R/V/E/S/T TEXTILE/DESIGN」の植物や山をモチーフにした雑貨のポップアップショップを一緒に。なかなかいいコーナーになっていますよね。
Q.石井さんが思い描いた通りのお店になっていますか?
最初は、もっと本のセレクトが厳しかったと思います。「この本はお店のテイストと違うから」「あの本は内容が薄そうだから」置きたくないという本が結構あったんです(笑)。でも実際にお客さんと接するうちに、だんだん扱う本の幅が広くなってきました。
オープン当初は「ここでは本が買えますか?」とよく聞かれました。本屋さんとして売る気いっぱいでつくっているこちらとしては驚いたのですが、生活圏内に突如として現れた見慣れない存在で、どう使えばよいかが分からなかったのだなと、今では思います。都市部では、ある共通の感覚を持つコミュニティに向けた店作りができますが、うきはではそういうわけにはいきません。様々な世代の人、興味の分野が異なる人、知識がある人ない人、いろいろな人達がやってきます。それが、それが、自分の表現を思い切って出せないストレスでもありますが、これまでにないおもしろさでもあります。以前に比べて、「あぁこういう考え方もあるんだな」といろいろな考え方を受け入れられるようになってきました。
Q.オープン後、お店にはどんな変化がありましたか?
絵本はとても増えましたね。子どもの本は、何十年という歴史を持つロングセラーが多いジャンルです。子どもはもちろん喜びますが、かつて子どもだった大人もみんな、盛り上がります。店を始めて4年経つと、カップルで来てくださっていたお客さんが結婚して、子どもと一緒に来てくれるようになって…。長く店を続けていくと、こういうことがどんどん増えていくのだろうなと、不思議な気持ちになります。
Q.本屋さんって儲かりますか? 石井さんならではの、経営のコツはありますか?
正直新刊が売れても、儲かりません(笑)。現在はカフェの売上に支えられている部分が大きいです。よく「お店を開くことは大変ですか?」と聞かれますが、オープンそのものはそんなに難しくないと思います。僕は全体の2割を自己資金で準備し、6割を日本政策金融公庫から、2割を銀行から借りましたが、お金はキチンと考えて書類を作れば、貸してもらえます。
大変なのは「続けること」。オープンしてすぐは、「人が来なかったら」「売れなかったら」と心配なことが多く、夜も眠れないことがありました。毎月、月末には運転資金が足りなくて、周りの新米経営者の友人たちと「お金ないね」と確認し合う日々が続きました。
お店を続けて来て分かったことは、「当たり前のことを当たり前にやるしかないのだ」ということです。いい本を仕入れる。棚を常にメンテナンスする。掃除をきちんとする。営業日通りに店を開ける。どれも改めて言うまでもないようなことですが、こういった普通のことが、店をいい状態に保ち、空気を良くします。それが如実にお客さんに伝わります。
あと個人的には、店を続けるために、体を鍛えることを薦めています。冗談ではなく(笑)。個人経営って、考え詰めてしまうことが多いので、精神状態を保つためには、体が健康でなくてはと思っています。僕は3年目からジョギングやトレーニングを始めて、「なぜもっと早く始めなかったんだろう!」と思いました。落ち込みすぎなくなり、朝走った時とそうでない時は、一日のパフォーマンスが全く違うんですよ。
Q.少しずつお店も石井さんも、変わってきたのですね。これからどんなことに取り組みたいですか?
実はこの10月(※取材時2019年)に、店をリニューアルしようと考えています。カフェスペースを縮小して、本の棚を増やそうと計画しています。カフェで売上を支えていると言っていたのに、なぜ?と思いますよね。おかげさまでカフェの利用は安定していて、「うきはのフルーツを使ったスイーツを楽しめる店」として認識されているようです。しかしこれは、僕がイメージしていた利用のされ方とは違っていて。もっと「本を買うついでに、ラフに利用できる」雰囲気にしたいのです。
代わりに新しい棚では、古本を増やしたいと考えています。アメリカの書店で、同じ本の新刊と古本が並べて売られている風景を見て、自分の事情に合わせて選択肢があるのはいいなぁと思いました。
日本の大きな書店では、毎日大量の新刊が店頭に並びます。その分入れ替わりが激しく、少し前に発行された良本があっという間に手に入りにくくなってしまいます。それらの本を買える環境を作りたいと考えています。ですから、みなさんがイメージされる50年以上前の古めかしい本というより、現在進行系の著者の、10〜20年前の著作が買えるイメージです。さらに古本は新刊に比べると利幅もいいので、カフェの売上が減る分をこちらで売り上げられたらいいなと考えています。
5年目を迎えて、思い描いていた理想に、少しずつ近づけそうな予感があります。これからという感じです。本を循環させる仕組みもその一つ。知識がないと難しいのですが、古本の買取もできるようにしたいですね。自分の店で売った本でも、次の人に手渡せる仕組みがあれば、家の本棚で眠ったままにならず生きた本になります。特に絵本は、子どもが成長したら、次の子どもに渡すことで、もっと読んでもらいやすくなりますよね。
Q.こちらでは「耳納新聞」という新聞も発行されていますね。
これも、やりたかったことの一つです。発行所はここですが、実際に編集をしているのは店の常連の方で、僕は一緒にアイデアを考えています。「新聞があったらいいですね!」と盛り上がったことがきっかけで、もうすぐ4号目が完成します。うきはに住む面白い人々に思い思いにコラムを書いてもらうという、人の話が聞けるフリーペーパーです。新聞らしく、4コママンガもあります。これまでに依頼をしたのは、農家の人やお店を営む人、移住してきた人など様々で、みんなその人らしい原稿を書いてくれるので、楽しい新聞に仕上がっています。
新聞も古本も、「こういうことをやりたい」とずっと言い続けていたら、その言葉を心に留めていてくれて人を紹介してくれたり、協力してくれる人が出てきたりします。最近、やりたいことを口にし続けることは大切なのだなと思う出来事が続いています。
最近、個人の本屋さんが増えてきていますよね。いろいろな店を見て、皆それぞれ頑張っているなと刺激をもらうのと同時に、その人の哲学のようなものは、やはり店によく表れるんだなぁと感じます。僕も肩の力を抜いて、うきはにあるからこそできる本屋を形にしていきたいですね。
MINOU BOOKS & CAFE 石井勇
福岡県うきは市生まれ。福岡市天神「cafe&books bibliotheque」にて書籍、雑貨のバイヤーを勤める傍ら音楽やデザインなどの活動を経て、うきは市吉井町にて書店とカフェのお店「MINOU BOOKS&CAFE」をオープン。
MINOU BOOKS&CAFE HP