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広島の有名な建築事務所の同僚だった中尾彰宏さんと齋藤慶和さん。2015年に「STUDIO MOVE」を結成し、2017年にデザイン設計事務所「株式会社スタジオモブ」を設立しました。これまで数々の建築物や空間デザインを手がけてきた2人ですが、特にユニークなのが拠点を別に置くワークスタイル。
中尾さんは福岡、齋藤さんは広島、と敢えて別拠点活動していますが、これは会社の創業時から話し合って決めたものだそうです。2拠点で活動する理由と狙いは何だったのでしょうか。「久しぶりに会う」と言う2人から話を伺いました。
もともと広島の同じ設計事務所に勤めていた2人
同僚だった中尾さんと齋藤さんは、当時からプロジェクトを一緒に進めることが多く、仕事の傍ら、個人の活動として設計競技(コンペティション)に2人で応募するなど、よくタッグを組んでいたそうです。
中尾(写真左):コンペに応募する時はフリーランス名義でした。2人でコンペ活動する中で、しばらく経った時に「ユニット名を作ろうか」という話になったんです。
齋藤(写真右):だいたい休日前夜に焼き鳥屋で飯を食いながらコンペの話をして、翌日にどちらかの家で企画を詰めるのがお決まりの流れ。ユニット名を考える時に、最初は「ナカオとサイトウの頭文字を取って『NASA architect』にするか?」みたいな案も出たよね(笑)。
中尾:LINE上でいろいろ話したな(笑)。そもそも“建築の仕事で何を生み出したいのか”と考えた時に、“人を感動させたい”という共通の思いがあったんです。「MOVE(ムーブ)」には「感動する」という意味があり、当時フラッシュモブが流行っていて僕らも好きでよく映像を見ていたから、「人の心を動かすことをデザインしたいね」と意見が一致。「MOVE」と書いて、「モブ」と読む屋号名にしました。
こうして、建築事務所に所属しつつ、個人活動では屋号「STUDIO MOVE(スタジオモブ)」を共有。その後も仕事でいろんな人とチームを組み、さまざまなプロジェクトを進めてきましたが、中尾さんと齋藤さんは互いに「2人で仕事する時が一番いいキャッチボールができて、相乗効果が生まれる」と実感していたとか。そんなプラスの関係性を手応えに、よきビジネスパートナーとして絆を深めていったそうです。
LINE、電話、スカイプを駆使することで、自然と2拠点活動が成立した
中尾さんは広島の建築事務所を退職後、福岡の案件をいくつか抱えていたこともあり、広島から福岡に移住。ついに2人が離れるタイミングがやってきます。一緒に起業しようとしていた者同士が拠点を別に置く=解散、という話にはならなかったのでしょうか?
中尾:移住前、齋藤くんに福岡の魅力をプレゼンして、拠点を移す了解を得ました。てっきり彼も僕に続いて福岡に来るかと思っていたら…… 全然来ないんですよ(笑)。1年後に齋藤くんも会社を辞めて、いざ本格的に2人で起業するぞという時に、拠点についてガッツリ話し合いましたね。
齋藤:僕が広島、中尾さんが福岡にいた1年間、拠点は別でも密接なコミュニケーションが取れていたし、実際に建築の仕事もスムーズにできていたんです。このご時世、他社に対しても遠隔でコミュニケーションが取れる時代。電話やLINE、スカイプ会議でプロジェクトを進めたり、現場だって動かせます。絶対に同じエリア、同じ環境、同じ時間の中で働かなくても、それぞれの拠点で独自のコミュニティーを築けば、そこから新しい仕事が生まれて、小さな波紋がどんどん広がっていくんじゃないかと。「それこそフラッシュモブみたいじゃない?」と僕から2拠点の魅力をプレゼンしました。
1年間の助走期間の手応えによって、2拠点活動の可能性を導き出した2人。現代の通信技術やインフラの流れに乗れば、いろんな場所で仕事ができるし、新しい働き方を取り入れることで今までにない面白い展開が見込めるかもしれない。この拠点についての話し合いで、「STUDIO MOVE」としてのビジネスビジョンも明確にしました。
齋藤:今は福岡と広島の2拠点だけど、これから大阪、東京、海外にも仲間が増えて、各所で小さな波紋が広がっていけば、僕らもいろんな場所に行ける。土地に縛られず、地球のいたるところを拠点にして楽しんでいこう! と建築家としての将来のビジョンを共有しました。
会うのは1ヶ月に1度程度。でも、常に近くにいる感覚がある
何年も前から建築コンペに一緒に取り組んできた仲だから、状況に応じて、暗黙の了解で作業を分担できるようになったと語ります。まさに、阿吽の呼吸。分担能力が染み付いているおかげで、今も遠隔でのやりとりがしやすく、直接会うのは1ヶ月に1度だとしても、日々近くで共同作業している感覚だそう。
中尾:毎日毎日、連絡を細かく取り合っているので、離れていても一人でやってる意識がないんです。あと、今いただいているすべての仕事に対して、「この仕事はSTUDIO MOVEを組んで、互いのこれまでの実績があるから得られたもの」と捉えています。個別に受注したプロジェクトも2人で共有し合うので、ほんと距離感は感じませんね。
「コミュニケーションをデザインする」ことで結束力を高める
確かに、電話やLINE、スカイプなどを使えば、リモートワークなど遠隔作業はいかようにもできます。それでも、拠点が離れていることで物理的にハードルを感じることはなかったのでしょうか。
中尾:すぐに作業現場に行けないという点では、近くにいた方がやりやすいと思いますが、僕らにとって拠点が離れていることがマイナスに働いたり、ストレスに感じたりすることはないですね。もしかすると、現場の方は不便に感じることがあるかもしれないけど、それはコミュニケーションの取り方でクリアできるもの。あと、打ち合わせの日取りを決めれば、その日に向けて漏れがないように集中して取り組むので、逆にメリハリがついて効率的だと感じます。
齋藤:2人でよく「コミュニケーションをデザインしよう」と話しているんです。例えば、チームを編成する時に現場の方を「施工業者」ではなく「施工チーム」と呼ぶとか。その一言でみんなの士気が高まることもあって、言葉や言い方一つで距離感が縮まり、結果的にはプロジェクト全体が円滑に進むきっかけにもなります。
中尾:接し方に対して若干演じている部分があったとしても、「おもいやり」とポジティブに捉えています。新しい仲間が増えるごとに、どんどんコミュニケーションをデザインしていくべきだし、お客さん(施主)に対しても同じです。コミュニケーションを育みながらお客さんの気持ちを高めて、頭の中のイメージを広げてあげることで、最初の想像よりグッといい作品ができあがります。
環境や相手に応じて、コミュニケーションの取り方をデザインすることでチームが円満になり、仕事も円滑に進む。拠点が離れていてもネックに感じない、むしろうまく物事を運べているのは、そんなコミュニケーションに対する意識の高さが功を奏しているようです。
【設計・監理/施工例:糸島「ジハングン」】
【設計・監理/施工例:住宅リノベーション】
【ツリーデザイン/施工例:岩田屋本店 クリスマス装飾(2018)】
【設計・監理/施工例:STUDIO MOVE 広島オフィス】
プライベートの情報は皆無。「適度な距離感」が円満のコツ!
2人とも一生懸命で生真面目な性格。とはいえ、「中尾さんは几帳面で、齋藤さんは大雑把」とタイプの違いを自覚しているそうで……。
齋藤:同業種でタイプが違う人間が、同じ環境にずっと居続けたら、どちらかがイライラして喧嘩になっちゃいますよね。せっかくユニットを組んだのに、つまらないストレスや亀裂で悩みたくない。だからプライベートのテリトリーは守り、仕事でがっちりタッグを組む方が快適だと思うんです。家族やカップルと同じように、「適度な距離感」が円満の秘訣かな。僕らはお互いのプライベートについて一切話さないし、知りません(笑)。
中尾:同じ拠点でやるかどうかの話し合いの際、お互い腹の内を見せて、不満に思うことも含め全部言い合ったんですよ。そこで出た答えがまさに「適度な距離感」(笑)。芸人のダウンタウンさんみたいに、楽屋もプライベートも別々だけど、ステージに立ったら最高のコンビ力を開花させる、みたいなパートナーシップが理想です。
齋藤:作品の視点も、離れているからこそ俯瞰視したアドバイスができるし、変に事情を知らないからシガラミなしの意見が言えて、それがいい突破口になることも。近くにいたり、ソロワークだったら、視野の狭い仕事しかできなかったかもしれません。
どんな売り上げ状況であっても、2人の収入は折半制!
彼らをよく知る人からすると、「2人は夫婦、もしくはコンビ芸人みたいな関係性」なのだとか。互いの性格を知った上で一定の距離を保ちつつ、仕事では各自の持ち味を出し合って本領発揮。しかも、それぞれの売り上げに差があったとしても、毎月の給料は潔く折半スタイル!
中尾:すべての案件の振込先を会社名義の一つの口座に設定していて、2人とも給料制にしているんです。仕事でユニットを組んだ人たちの解散理由が「お金」だとよく聞きます。仕事の分量やお金の取り分で揉めるらしいですが、そういう余計なトラブルに気を取られたくないので、仕事に集中するためにも折半&給料制にしています。
2拠点活動のこれからの展望とは?
福岡ではチーム体制で動くプロジェクトが多いそうで、空間デザイン・建築設計の担い手としてさまざまなチームに参加。そこで築いた人脈や作品を通して、再び仕事が生まれ、繋がりがどんどん広がっていると言います。
齋藤:今は「2拠点」ですが、これからは強い“個”の仲間を見つけて「多拠点」にしていきたいです。
齋藤:小さな集合体をいろんな場所に作れたら、日本中に「STUDIO MOVE」がある感覚になりますよね。それこそ建築士などの専門職じゃなくてもいい。例えば僕らの活動を発信してくれる人の存在によって、結果的に建築の仕事に繋がる可能性もありますから。「モブ」の波紋の広がりに絡むことなら、何でも積極的にやっていきたい。
中尾:自分ができる範囲って限界があるけれど、齋藤くんと組むことで限界を超えられる楽しさを知りました。“個”のスキルを向上させながら、その土地ならではの建築にみんなで関わっていきたいですね!
中尾:“個であり、チームである”ユニットスタイルで、世界中に「STUDIO MOVE」の拠点を増やしていけたら、もっと面白くなりそう!