全国の温泉めぐりに、800万円をかけた趣味人
特集

全国の温泉めぐりに、800万円をかけた趣味人

趣味とわたしとお金

お金は、あればあるだけよく、貯めれば貯めるほどよいというものではない。やはり使いみちがあってこそ、本領を発揮するものだ。趣味の世界に、情熱と時間と、そしてお金を費やしている人たちがいる。その幸せなお金の使いみちを聞いてみた。

今回の趣味人:温泉研究家 権丈俊宏

思い違い?から始まった温泉巡り

思い違い?から始まった温泉巡り

温泉に興味を持ったのは大学卒業後、建築士として勤めだしてからです。妻と宮崎に遊びに行こうと車で出かけたんですが、長時間の運転で腰が痛くなり、「ちょっと温泉にでも入ってみよう」と近くの温泉に立ち寄って温かい湯にゆっくり浸かったら、腰がすごく楽になったんですね。それで単純に「温泉って、すごい!」と感動してしまって。それがハマったきっかけ。

当時はインターネットもそれほど発達していなかったので、本屋で「九州温泉大図鑑」という本を早速買って見ると、九州には至る所に温泉がある。現在、日本には2万7000本くらいの源泉があるのですが、そのうち1万本弱が九州に集中しているんです。都道府県別の源泉数では1位が大分県、2位が鹿児島県、3位が静岡県、4位が北海道、そして5位が熊本県で、ベスト5で九州が3県もランクインしている。「九州ってすごい!」と、近場の二日市温泉や佐賀の古湯温泉に始まり、休日ごとに九州の温泉を巡るようになりました。

《権丈さん曰く「バイブル」。1冊目は読み込みすぎてボロボロになり、こちらは2冊目だそう》

温泉好きにも“方向性”がある?

日本全国いろんなところに温泉好きっているのですが、毎年4月初旬に別府で開催される「温泉まつり」は、それこそ全国から温泉好きが集うので湯仲間と語り合える楽しいひととき。温泉仲間の中には、温泉愛が高じて、自ら「純温泉協会」なるものを立ち上げた山口貴史さんとかもいらして、様々な地域の温泉情報を意見交換しています。ちなみに彼は「消毒なし、かけ流し」にこだわる人。実は日本の温泉の中にはそんなに湯量が多くなく、循環して提供しているところも多いんですね。僕はそのあたりも含めて多角的視点で温泉を楽しんでいます。温泉好きにもいろんな方向性があって、ハマると面白いんですよ 。

《九州観光推進機構が主催している「九州八十八湯めぐり(九州温泉道)」にも参加。約1年半をかけて88ヵ所のお湯に浸かり、「泉人」の称号を獲得。ほか、別府温泉地球博物館が開催している「温泉マイスター検定」にも一発合格》

おすすめの温泉を挙げるとしたら

九州であれば僕のイチ押しは、大分県九重町・壁湯温泉にある「旅館 福元屋」の湯。半分を洞窟に覆われた川沿いに温泉が自然湧出しています。温度は36〜39度くらいとややぬるめ。サラッとした単純泉で夏場はとても気持ちが良いし、冬も体温くらいの湯温でゆっくり浸かっていられるんです。宿の食事も宿主が自ら振る舞うこだわりの創作料理でおいしいんですよ。

もう1つ挙げるなら鹿児島県垂水市の「海潟温泉 江之島温泉」です。ここはアルカリ性の単純硫黄泉。九州には硫黄泉が沢山ありますが、その中でもガス成分が主体である硫化水素タイプの白濁系のお湯と、硫黄がお湯の中に溶け込んでいる無色透明でマイルドなお湯があるんです。江之島温泉は後者のタイプ。しかも源泉が熱めで成分のベースが食塩なのですごく温まる。湯量も多くてドバドバかけ流しています。全国的傾向として、東北や北関東、甲信越地方などは湯治場文化が今も残り、九州では共同浴場文化が受け継がれています。その共同浴場文化の代表格がこの江之島温泉じゃないかと思いますね。福岡からだと車で4時間くらいとちょっと遠いんですけど、行ってみる価値ありです。

《温泉を訪れ、タオルを集めるのも好き。こちらはごく一部で、自宅のタンス2段が温泉タオルで埋まっているそう》

温泉への興味は深まるばかりで、全国各地にも足を伸ばしてきたのですが、その中でベスト3を挙げるなら、秋田県仙北市・乳頭温泉郷の「鶴の湯温泉」、群馬県みなかみ町・法師温泉の「長寿館」、福島県会津若松市・会津東山温泉の「向瀧(むかいだき)」でしょうか。いずれも温泉好きなら誰もが知る名湯で、お湯も良いけれど、佇まいが最高。古き良き日本の伝統美を感じずにはいられません。特に「向瀧」は、国の登録有形文化財の第1号。建築士という立場から見ても見事な温泉宿ですよ。

《福島県会津若松市・会津東山温泉の「向瀧」》

これまで温泉に使ってきた金額は?

これまで温泉に使ってきた金額は?

温泉にハマりだして25年ほど。これまでに1800湯ほどに浸かってきましたが、入湯料、交通費、宿泊費込みで800万円くらいでしょうか。入湯料は1回100〜1000円程度ですし、宿泊するにしても1泊一万円前後の宿が多いので、思ったより使っていないかも? 資金はこれまで、自分の貯金やお小遣いで賄ってきましたが、年々お小遣いが減額され(笑)、近年は建築士として会社に勤めながら、副業でウェブライターとしても活動して温泉巡りの資金に充てています。

活動中に失敗したこと

素晴らしい景色と出会うとその姿を記録したくなるので、カメラも始めたんです。いい画を撮るために、レンズにも随分投資しました。そんな中、ある日、温泉を囲む紅葉がピークを迎えているような感動的なシーンに出会い、興奮しながら構図を探しているうちカメラを落としてしまって。それからは、ちょっと冷静になることを覚えました。

《現在使用しているのは、SONYのα7 III。温泉仲間とはカメラの話でも盛り上がるそう》

街中にも隠れた名湯、あります!

福岡市南区の横手に、「博多温泉 元祖元湯」という温泉があるんです。ここは住宅街の中にある、まるで親戚の家のような雰囲気の場所。今から50年ほど前に、たまたま井戸を掘っていたら49度の源泉が奇跡的に湧き、今も1滴も水を加えずかけ流ししているんです。お湯の鮮度でいうと日本屈指のレベルで、知る人ぞ知る名湯ですね。僕はこれまでに100回以上訪れたことがあるのですが、最初に伺ったのが20代の温泉巡りを始めた頃。ここで僕は常連の方々に、かけ湯や譲り合いなどの温泉マナーを学びました。あとはコミュニケーション力も。知らない人とでも、例えば場所が福岡なら春から秋にかけてはホークス、11月は大相撲九州場所の話題で掴めば、完璧です(笑)。

《気取らない雰囲気とホンモノの湯が魅力の「博多温泉 元祖元湯」》

温泉研究家として目指すこと

日本の年間宿泊数は、現在、のべ1億ちょっとと言われています。1人が年に1回はどこか泊まりに行くような計算で、一見盛り上がっている印象かもしれませんが、現実はほんの一部だけが勝ち組なんです。東日本大震災や熊本地震の後は特に風評被害もあって、廃業した温泉宿や消滅した温泉地もたくさんありました。源泉はまだそこにあるのに悲しいことです。火山が多い日本は世界でも類を見ない規模の温泉国ですが、今のままだと衰退するばかり。僕が今、こうして温泉研究家として各地を訪ね、ライターとしてレポートさせていただくようになったのは、どんな小さい力でもいいから温泉地をサポートしたいという思いもあるんです。

温泉って、ベテラン・ビギナーに関係なく楽しめるものです。浸かるだけで心も体も癒されます。それに加えて、旅館に泊まっておいしいものを食べるとか、絶景を眺めるとか、貴重な建築物を見学するとか、おもてなしを受けるとか、共同浴場で地元の人と触れ合うとか…楽しみ方の幅がすごく広いんです。温泉の楽しみ方は人それぞれ。これからも、大地の恵みである温泉への感謝を忘れることなく、その魅力を少しでもお伝えできたらと思っています。

権丈俊宏
福岡市生まれ。温泉研究家、一級建築士。20代半ばより温泉巡りが趣味となり、これまでの温泉入浴施設数は1800湯超。建築士として企業に勤務しながら全国各地の温泉地を訪ね、WEBライターとしても活動中。

App store
Google play