2020年2月16日、福岡市中央区大手門にオープンしたカレーとクラフトビールの店「Lille Curry Bar(リルカリーバー)」。木製の扉の奥には2階まで気持ち良く吹き抜けた空間と、美しい曲線を描くバーカウンター、その奥には北欧家具でまとめられたダイニングスペースも。いわゆる“カレー店”に抱くイメージを、全く覆すこの空間。これこそが、博多区古門戸町の北欧家具店「Lille Nordic(リルノルディック)」も合わせて運営するオーナー・山崎さんの狙いなのだ。
デンマークでカレーのファンに
辛いものが苦手で、「ものすごくカレーが好き」というタイプでもなかったという山崎さん。それが5年ほど前、デンマークに家具の買い付けに行ったことをきっかけに、「カレー屋を開く」ことの種が芽吹きます。
「泊まっていたホテルの前に、インド人がやっているビュッフェスタイルのカレー屋があったんです。カレーが10種類くらい並んでいて、ビールなんかと一緒にオーダーしながら楽しめる店。そのカレーが美味しかったのと、スタイルが面白いなと。こういうカレー屋って日本にはないかもしれない、いつかやれたらいいなと、ふと思ったんですね。
その頃から福岡でもカレーを食べ歩いて、自分でも作るようになったんです。料理? 全然です。僕、今もカレーだけ、しかもお気に入りのラムキーマカレーしか作れないんですよ(笑)。なんでカレーなんだろう…。多分、スパイスやその日の天候なんかにいちいち味が左右されて、でもその中で自分なりに調整してうまいカレーができた時、すごく嬉しいところがいいんですかね。それでどんどんハマっていって。そんな時、仲良くさせてもらっている「comonn de HOSTEL & BAR」の社長から、「日曜にバーを使ってカレー屋をやってみたら」と言っていただいて。ゆくゆくは店舗を持てたらなと思っていたのでいいチャンスだと、2018年10月から1年間、月に2回だけカレー屋になりました。その間にクラフトビールの専門店「ビアソニック」さんとも知り合って、「カレーとクラフトビールっていいな」と思うようになっていったんです。」
《「Lille Curry Bar」のメニューは「ラムキーマカレー」と、5種類のおつまみ、そして毎日5,6種類を揃えているクラフトビール》
遠回りをした先に見つけたもの
カレー屋になるステップを一つ上がった山崎さんだったが、本業は家具の修理職人であり、北欧家具店のオーナー。そもそも、どうして家具業界に入ったのかも気になるところ…。
「僕、ベースはダメ人間なんです。大学は経済学部に進んだんですが、バイトばっかりしていて留年。さらに卒業しても就職せず、2年くらいはフリーターでした。でもそろそろちゃんと考えないと、と思っていた時、彼女の誕生日がやってきて。プレゼントを渡さねばと思っていたんですけど、当時、毎日のように飲み歩いていたのでお金がない。それで友達の家具職人に聞いてみたら、「これで何か作ってみたら」と石を渡されて。それで黙々と作業しているうちに、「物づくりって楽しいな」と思うようになったんです。それまで、特に趣味というものもなかったんですが、インテリアには興味があったので、福岡県田川市にある職業訓練校の木工科に入学し、そこで北欧家具に出会いました。」
《手を動かすことが好き。そこから将来の自分を模索していった》
学校では、ノミやカンナを使って家具を制作。その中で、「物作りにはデザインがとても重要」と気付く山崎さんでしたが、卒業旅行で訪ねたデンマークで、「デザインというものはもうすでに出来上がっていて、新しいものを生み出すことは難しいかもしれない」と実感したと言います。
「それなら、デザインも素材もいい家具を修理していく道の方がいいかもしれないと思ったんです。帰国後、偶然募集を見つけた中央区薬院の北欧家具の店「NEST」に入社して7年、メンテナンススタッフとして働かせていただきました。最初は5年くらいで独立を考えていましたけど、しっかり引き継ぎをした上で円満退職をしたかったのでプラス2年。ここでいろんな家具に触れられたこと、横のつながりを作れたことは財産ですね。退職の目処がついてから、店作りのために公庫に資金を借りたんですが、「NEST」にいたことですぐに借りられて。やっぱり信用やつながりって大事だなと。今のところちゃんと返せているので安心です(笑)。」
北欧家具の魅力を伝えたい
2014年に、博多区古門戸町で元倉庫だった物件を借りて自ら改装し、工房兼ショールームをオープン。古門戸町は下町風情あふれる問屋街だが、博多・天神どちらからのアクセスも良好な場所。山崎さんの理想に叶う場所だ。
「ショールームを併設したのは、やっぱり空間の中で家具を見た方がイメージがつきやすいと思ったから。オープン当初は家具も数えるほどでしたが、年に一度のペースで買い付けに行って6年、今は2階の倉庫にも家具をストックできるほどになりました。個人のお客さまだけでなく、建築家の方が店舗や施設を造る時にまとめて買っていただくことも多いですね。
とは言え、毎日バンバンお客さんが来る、というタイプの店でもないので、平日とか特に、誰も来ない日なんかがあると、精神的に滅入っちゃうんですよ(笑)。もう1つ柱を作ろうと思ったのは、そんな理由もありますね。あと純粋に、北欧家具を使った“空間づくり”をしたかったこと。北欧の飲食店って、雰囲気づくりがやっぱり上手で、照明の使い方とかバースタイルのカッコよさとか、そういうものを伝える場を作って、それでまたここのショールームの方にも動線を引けたらいいなと思ったんです。それならカレー屋で北欧系のインテリアの店というのも面白いかなと。」
まずは、声を上げてみること
何事も、動き出したら迷いなく突き進む性格。「カレー屋をやる」と声を上げたところ、すぐに物件の候補が見つかります。
「ワンフロアで15坪くらい。立ち飲みでワイワイできるところを外から見られる物件はないかなと思っていたら、10年ほど付き合いがある大手門の「TWEENER COFFEE SHOP」のオーナーが、「ウチの向かいが空きそうですよ」と教えてくれたんです。それで、オーナーさんに相談してみたら、「ぜひに」と。実は以前、「TWEENER」でも間借りカレー店をさせてもらっていたことがあって、その時、そのビルのオーナーさんの息子さんも、カレーを食べに来てくれていたんです。そんなつながりもあって…。ありがたいですよね」
《お向かいの「TWEENER COFFEE SHOP」オーナーの里崎貴行さんと。「お互いのお客さんが、行き来してくれるのも嬉しいんです」とふたり》
そして2019年10月に賃貸契約を交わし、2020年明けを目標にカレー屋の準備に取り掛かるも、年末年始、工事がなかなか進まなくなるというハプニングに見舞われます。
「借金して家賃は払っているのに儲けはゼロ。かなり焦りました。でも悩んでいても仕方ないので、その間にスタッフ探しをしたり、東京に飲食店の視察に行ったり。気がつけば2月に入ってしまったんですけど、もうさすがにマズいと、2月16日をグランドオープンに据えて無理やり開けました。内装ができてからオープンまで1週間ほどしかなかったのでそれは大変だったんですが、オープンしてからの方がもっと大変(笑)。予想以上に人が来てくれて、もうテンテコ舞いです。当初、ランチとテイクアウトを頑張って、夜はゆるっと開けようなんて考えていましたが大間違い。夜がすごく賑わうので、昼はやめました。今は店長と、スタッフ2人という体制でお願いしていますが、僕もできるだけ店に立って、サービスはもちろん、お客さんとコミュニケーションを取ったり、北欧家具の魅力をお伝えするようにしています。そもそもは、「北欧家具の魅力をもっと伝えたい」と思って作った店ですから…。ちなみに、大手門が良いなと思ったのは、周りに建築事務所がたくさんあるというのも大きかったですね。」
次なるステップは?
オープンからようやくひと月が経った今、山崎さんの中に何か変化はあったのでしょうか?
「もともと昔から飲み歩きが大好きで、飲食店の知り合いも多かったのですが、この店を開いたことで、またさらに繋がりが増えました。あと、1つのことをやっている人ってたくさんいるけど、その数が増えればその度に可能性が広がると思うんです。僕も「家具の人」「カレーの人」その次…とどんどん増やしていって「こんな人いない」と言われるようになりたいと思っています。」
《店長のグレッグさん(右)との出会いは、山崎さん曰く「最高でしたね。こうして店を開けられたのも、彼が引き受けてくれたからこそ」。グレッグさんは「SAKE DIPLOMA」を持ち、アルコール全般に詳しい》
「実はもう、次の構想もあるんですよ。店長のグレッグは日本酒のソムリエ資格を持っているので、彼のポテンシャルをもっと生かせる店ができないかなと。体力や、金銭的にすぐには無理だと思いますけど、何年後と目標を決めて、また実行していきたいと思っています。」
北欧家具職人、カレー店店主 山崎哲央
1979年福岡市生まれ。大学卒業後、田川高等技術専門校に入学し、家具作りを学ぶ。北欧家具店「NEST」にてメンテナンスを経験した後、2013年に「Lille Nordic」をオープン。5年にわたる趣味が高じて2020年、カレーとクラフトビールの店「Lille curry Bar」をオープン。