人気飲食店のオーナーが提唱する、やりがいと成功のつくり方。
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人気飲食店のオーナーが提唱する、やりがいと成功のつくり方。

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オリジナリティー溢れる串料理の数々で客の胃袋を掴み、そのボリューム感と気軽な雰囲気で全国にファンを作る『岩瀬串店』。新メニューが登場するたびに話題を集め、“進化系の立ち飲み屋”として老若男女に愛される人気店です。昨年から昼夜別業態で運転し、4月には姉妹店を一堂に集めた惣菜専門店へとリニューアル。さらに現在はまた異なる展開を見せ、常に目が離せない存在。そんな人気店の代表・大橋智和さんに、開業の裏話と成功の秘密、これからの夢について伺いました。

東京時代はミュージシャン&俳優として活躍! 38歳で迎えた人生の分岐点。

東京時代はミュージシャン&俳優として活躍! 38歳で迎えた人生の分岐点。

福岡生まれ・福岡育ちの大橋さんは、19歳で上京。音楽の道へ進み、バンド「HAIR CUTS」のメンバーとしてメジャーデビューを果たし、さらに27歳の頃から俳優としても活躍。名だたるテレビドラマや映画作品に出演し、表現者のキャリアを積み上げていきました。

「音楽も演技も一生続ける仕事だと思っていましたが、38歳の頃かな。この先のことを考えることがあり、両親が営む飲食店のことが頭に浮かんだんですよ。飲食業と俳優業を両立するのは難しいと判断し、飲食の道に専念しようと決心しました」

東京時代に人脈作りをかねて、毎週土曜の夜にバーテンダーをしていた大橋さんは、飲食業の面白さを実感。「そのバーのオーナーが色々と任せてくれる方で、僕が入る日に『おつまみがあると喜ばれそうだから、自分流で出してもいいですか?』と相談したら、快くOKをもらって。メニュー構成や価格設定など、サービス全般を工夫し、いざ提供してみたところ、『旨い!』とお客様から好評をいただきました。集客が増え、売り上げも伸びて、頑張れば頑張るほど結果に表れて、とても楽しかったです」と、当時を振り返る。

「価格以上のクオリティーは大前提。さらにこうしたら人に喜んでもらえるんじゃないか、ああしたらもっと店が良くなるんじゃないか、とお客様目線の商売の仕方が染み付いてますね。これは父の背中から学んだことかもしれません」

『岩瀬串店』の店名の由来は? そこには店長に懸ける熱い思いがあった。

ところで、大橋さんが代表を務める人気串店『岩瀬串店』は、なぜ店名が「岩瀬」なのでしょう?

「店名は店長の苗字から取りました。岩瀬は東京時代にバーや海の家でアコースティックライヴをしていた時のバンドメンバー。実は僕、最初は東京に出店するつもりで、岩瀬を誘っていたんです。いろんな事情でこの計画が白紙になってしまい、僕は地元に戻ることに。それを岩瀬に打ち明けたら、彼が『自分も福岡へ行く』と言い出したんです…!」

当時の大橋さんは誰かを雇える環境ではなく、地元に戻っても独立は2〜3年後、いや、はっきりと確信できない状況だったそう。それでも岩瀬さんは大橋さんと一緒に夢を追いかけたいと、福岡への移住を決意したと言います。

「岩瀬がそう言ってくれたことが純粋に嬉しかったし、彼のためにも絶対店を立ち上げなければと、僕自身の覚悟にも繋がりました。また、準備期間もともに努力してくれた彼に報いるためにも、“僕の店ではなく岩瀬の店を作ろう”と思いましたね。ここから『岩瀬串店』のビジョンを描いていきました」

大橋さんは帰福後、お金を貯めるために昼夜掛け持ちの仕事をしながら働き、岩瀬さんも居酒屋で働きながらアルバイト生活を送りました。散髪代や洋服代、交際費も節約し、収入のほとんどを開業資金に充てながら、3年間で約800万円の貯蓄に成功! いざ開店へと動き出した際、岩瀬さんは初めて店名が『岩瀬串店』になると知り、サプライズの出来事だったとか。

【大橋さんと岩瀬尚也さん(写真右)。互いに切磋琢磨しながら3年間の準備期間を経て、2018年に『岩瀬串店』をオープン】

昼夜別業態、それぞれの店長が切り盛りする新スタイルが話題に!

昼夜別業態、それぞれの店長が切り盛りする新スタイルが話題に!

店の屋号に店長の名前を採用することで、岩瀬さん自身も“自分ごと”という意識が芽生え、運営に対する責任感が湧いたと言います。いち従業員ではなく、店を任された者としての使命感が、店を良くするための行動力や働く意欲に直結!

「岩瀬は人生を懸けて僕についてきてくれましたし、店の成功にも貢献してくれました。そんな彼に対して、“一生懸命取り組んで売り上げを伸ばせば、収入としてしっかり自分にかえってくる”ことを実証したくて、僕より高い給与を渡しています。これは俳優経験を通して行き着いた持論ですが、人は頑張った分の汗を対価として評価されるべき。だからこそ、成果を出したならしっかり対価=給与を渡したいし、挑戦するチャンスもあげたい」

大橋流のビジネスモデルはとても明快。お客様を喜ばせるための工夫・挑戦→お客の満足度がUP→集客→売り上げが伸びる→給与に反映→モチベーションがUP→お客の喜びのためにさらに頑張る…という、店長のやりがいとお客中心の店づくり。また、大橋さんは、岩瀬さんのようにやる気に満ちた店長をたくさん排出していきたいという目標が生まれたと言います。

それから、『岩瀬串店』のスタッフだった後藤さんを新店長に抜擢し、鶏サンド専門店『SAND GOTO(サンド後藤)』をオープン。『岩瀬串店』の店舗を間借りするかたちで、昼間に営業を始めました。昼夜別業態で各店長の持ち味を出しながら展開する、ユニークな営業スタイルです。

【昨年5月〜今年4月の約1年間は、昼は後藤店長(写真右)率いる『SAND GOTO』、夜は岩瀬店長(写真左)率いる『岩瀬串店』を展開】

緊急事態宣言後もすぐさま時代に適応し、進化を遂げ続ける。

  
4月の緊急事態宣言が発令された翌日、『岩瀬串店』は真っ先に業態を切り替えました。新店舗『岩瀬惣菜店』として、『岩瀬串店』・姉妹店『SANDGOTO』・『ポッポしゃん』の3店舗合同のテイクアウト専門店にリニューアル!

「新型コロナウイルスの感染が広がる状況下で、緊急事態宣言発令前から営業の仕方を模索していました。どうすれば店を続けられるか、どうやってお客様に食を届けられるか、僕らメンバーができることは何か。テイクアウトを主軸に検討を重ね、行き着いたのが3店舗合同の『岩瀬惣菜店』。“小さなデパ地下”というコンセプトで、さまざまなメニューの中から選ぶ楽しさと、おいしさの喜びを噛み締められる新業態の店です。リニューアルの内容が固まった瞬間、すぐにポップ制作やスタッフのシフト調整に移りましたね」

すばやく『岩瀬惣菜店』に切り替え、多彩なテイクアウトメニューが消費者のニーズにマッチ。3ヶ月にわたる営業時間短縮期間も惣菜店の売り上げが運営の支えになったと言います。そして7月に『SAND GOTO』が六本松に独立オープンし、『岩瀬串店』の夜の営業も復活! すっかりリピーターがついた『岩瀬惣菜店』はそのまま昼の部に残り、今も昼夜別業態で営業しています。

【現在、昼は岩瀬店長による『岩瀬惣菜店』を展開し、夜の『岩瀬串店』では、若きエース・金さん(写真左)を新店長に抜擢!】

大事なことは、失敗や変化を恐れず、即挑戦すること。

大事なことは、失敗や変化を恐れず、即挑戦すること。

大橋さんには、常々スタッフに話している鉄則があります。それは、お客様が『飲みに行きたい』と思った時に、行き先の選択肢に入る店でなければならないということ。そのためには日頃から自店の強みと魅力をしっかり打ち出すべきだと、非常にシビアかつストイックに突き詰めています。

朝礼では前日の状況報告や気になる点、改善点など事細かに情報共有を徹底。みんなで同じ方向を向き、よくなる方法を全員で考える。そして終礼時に再び状況を報告し合い、ブラッシュアップの精度を高めていく──。

「店のメニュー構成や価格設定、サービス面についても店長たちに任せているし、僕はお客様目線で『これ新しいね!!』『もうひと工夫ほしい』『この値段ならめっちゃ嬉しい!』など、ジャッジ役に徹しています。常にお客様の喜びが最優先ですね。

改善するための打開策は当日、遅くても翌日には必ず実行するようにしています。僕たちが行動を怠ればお客様の反応も停滞、または下がっていくので、まずはすぐに挑戦すること。やってダメならストップして、別の手段を考えればいい。やるべきことだと判断したら、スピードが命です」

大橋流のビジネスプランと、これからの展望は?

大橋流のビジネスプランと、これからの展望は?

大橋さんの指標は、若い世代が楽しみながらやりがいを持って働ける仕組み。

「うちは会社化しておらず、今後もする予定はありません。その理由は、これからも志が高い仲間と一緒に新たな店を立ち上げ、独立願望のある店長に店を譲っていくことを視野に入れているから。だから店を会社の所有物にせず、今のまま個人事業として行う方がいいのかなと思っています。そもそも、会社をつくることが目標じゃないんですよ。やる気のある若い世代に仕事(飲食業)の楽しさ、やりがい、責任感、考え方、店づくりの真髄を伝えながら、店づくりのサポートをしていきたい」

『岩瀬串店』、『SAND GOTO』、『岩瀬惣菜店』に続き、これから先も、店長の名前を冠した店が生まれていく予感…! 

「僕の目標は、独立後10年以内に8店舗つくること。そして最後の8店舗目は、僕がプレイヤーとして店に立ちたいな。奥さんと二人三脚でゆっくり働けるお店をつくれたら最高ですね! 他の姉妹店については売り上げをしっかり立てて、初期投資を回収したタイミングで各店長に店を譲っていこうかな。店のスタッフ、家族、関係者やお客様、みんなが幸せになれたらいいなと思います!」

『岩瀬串店』代表 大橋 智和

『岩瀬串店』代表 大橋 智和

1977年福岡県生まれ。実家は六本松の老舗焼き鳥店『とり福』を経営。19歳で上京し、音楽活動を始動。「HAIR CUTS」のボーカルを務めバンドデビューを果たす。27歳から俳優業をスタートし、ドラマ「コードブルー」をはじめ数々の作品に出演。その後、バーテンダーとしてバーに立った際に飲食業の面白さを体感。2015年に故郷・福岡へ戻り、2018年に『岩瀬串店』をオープン。翌年に鶏サンド専門店『SAND GOTO』、今年4月の緊急事態宣言を受けてテイクアウト専門店『岩瀬惣菜店』をオープン。座右の銘は「愛」。

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