「パートの社会保険加入の壁」引き下げは天国なのか地獄なのか?
監修・ライター
令和4年10月1日からパート・アルバイトなどの短期労働者に対する健康保険・厚生年金の適用が拡大され、今まで社会保険の加入義務がなかった人の一部も、10月からは社会保険に加入することになりました。
TVやネットなどのニュースでもさんざん取り上げられているためご存知の方も多いと思いますが、結局のところ今回の改正は、現在パートやアルバイトで働いている方々にとって「得」なのでしょうか「損」なのでしょうか?
それを検証するために、本記事の前半部分では改正の内容のポイントを簡単にまとめ、後半部分ではこれまでとは少し違う角度から、これが得なのか損なのかを検証してみたいと思います。
今回の改正のおさらい
社会保険は、基本的に法人であればすべての企業が、そして個人事業所であれば従業員を5人以上常時雇用している事業所などが加入しています(正確には「加入義務があります」)。
しかし、そこで働くすべての人々が社会保険に加入しているわけではありません。1週間の労働時間や賃金が一定金額以下のパート・アルバイトなどは加入義務がないため、これまでは正社員などが社会保険の加入者となり、パートやアルバイトで働く人々は蚊帳の外でした。
扶養の範囲で働くパートやアルバイトにもメリットはあった
しかし、これまでの制度は、パートやアルバイトで働く人たちにとっても悪い話ではありませんでした。配偶者の扶養家族の範囲内で働けば、所得税も住民税も社会保険も天引きされないため、一定の枠内であれば、手取り額を効率よく最大化することができたのです。
しかし、今回の制度によりこれらが大きく変わることになりました。
何がどう変わったのか
今回の改正によって、以下のように社会保険の加入要件が大きく緩和され、より多くの人が新たに社会保険に加入することになりました。具体的には、以下の要件をすべて満たす人が対象となります。
・週の所定労働時間(就業規則などに記載されている、始業時間~終業時間から休憩時間を引いた時間)が20時間以上であること
・勤務先の短時間労働者を除いた従業員数(=社会保険の被保険者数)が100人を超えること
・雇用期間が2カ月を超える見込みがあること
・1カ月の賃金が8.8万円以上(年収106万円相当以上)であること
ちなみに、勤務先の従業員数の要件については、2年後の令和6年に「100人を超えること」から「50人を超えること」に変更されます。そのため、現在50人以上の事業所で働いている方は、今のうちからどうするかを考えておいた方が良いでしょう。
で、結局どうなるの?
今回の改正で影響を受けるのは、これまで社会保険の扶養の範囲で働いていた人たちです。具体的には、年収を106万円以上130万円未満に抑え、配偶者の社会保険の扶養範囲内で働いていた方々が大きな影響を受けます。
このような人々がとるべき選択肢は、以下の2つのどちらかです。
1.年収を106万円未満まで落とし、引き続き社会保険の扶養の範囲で働く
2.130万円の壁を突破し、制限せずに働きたいだけ働く
ちなみに、現在年収を130万円未満に納めている方が社会保険に加入後も同様の手取り額をもらおうとすると、少なくとも年収を約150万円以上に上げなくてはなりません(下図参照)。
(注1)雇用保険は「一般の事業」の料率の「3/1000」で計算してあります
(注2)社会保険料の計算は協会けんぽの東京都の料率を使用し、40歳未満の場合で計算してあります
ここまでの話をまとめると、以下のようになります。
・今回の改正で影響を受けるのは、勤務先の従業員数が100人以上で、これまでパート・アルバイトとして106万円以上130万円未満に年収を抑えていた人
・給料から社会保険が天引きされるのが嫌な人は、年収を106万円以下に減らせばOK
・社会保険に加入しつつ今までと同じくらいの手取り額にするためには、年収を150万円程度にすればOK
では、年収を落として引き続き扶養家族でい続ける方が「得」なのか、それとも今以上に働いて今までと同じ手取り額(もしくはそれ以上)をもらい続ける方が「得」なのかを、次章で考えてみます。
得とは何か?を考えてみる
得とはどのような状態を意味するのかを定義しなければ、そもそも得かどうかを判断することはできません。そこで、最高に「損」な場合から逆算して得とはどのような状態なのかを考えてみます。
1.最高に損なケース
最高に損なケースとは、社会保険料が給料から天引きされるだけで、まったく自分の年金に反映しなかった場合と考えます。具体的には、年金の受給開始前に亡くなってしまうケースでは、このような事態が生じます(ただし、遺族には遺族年金などが支払われます)。
2.ちょっと損なケース
ちょっと損なケースとは、せっかく長生きできたのに若い時に社会保険に加入してなかったため老後にもらえる年金が少ない場合と考えます。
給料から社会保険が天引きされなかったのでその時点で損失は生じませんでしたが、将来のある時点から少しずつ損失が生じ始めます。
3.ちょっと(もしくは最高に)得なケース
ちょっと得なケースとは、給料から天引きされた以上の年金がもらえた場合と考えます。将来の年金が一体いくらになるのかを現時点で正確に把握することはできませんが、少なくとも平均寿命以上長生きすれば、給料から天引きされた年金の回収をできる可能性は高いはずです。
また、平均寿命をはるかに超えて長生きすることができれば、それだけ多くの年金がもらえるはずですから、これを最高に得なケースと考えます。
最終的にはどのような人生を選ぶか次第
社会保険料が給料から天引きされるようになれば、今以上に働いて何とか手取り額を維持するか、いっそ労働時間を減らして社会保険の加入義務から外れるか、どちらかを選択しなければなりません。
これを損得で考えるならば、上述のようにその人の寿命次第ということになります。
しかしそれでは答えにならないでしょうから、以下の設問で判断してみるのはどうでしょうか?正解はありません。どちらの状態がより「望ましくないか」を考え、その反対を選んでみてください。
【設問】2つのうち、どちらかの人生を選んでください。
1)長生きはできたけど、足りない年金と減っていく貯金に不安を覚えながら過ごす人生
2)長生きできなかったので年金分は損したけど、老後の心配をそれほどせずに済んだ人生
どちらが「天国」でどちらが「地獄」かは、一人ひとりの人生観によって違います。今回の改正を機に、ライフプランをもう一度じっくりと考えてみるのも良いのではないでしょうか。