「老後2000万円問題」実はそんなに不足しない!?最新データで試算
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2019年6月、ある報告書が話題になりました。それは金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」が公表したもので、「老後、年金だけでは2000万円不足する」という非常にインパクトのある内容でメディア等でも大きく取り上げられました。報告書は取り下げられる事態となりましたが、国民の多くが老後への不安を感じるきっかけになりました。
その後、コロナ禍となり話題にあがる機会が減った老後2000万円問題について、改めてどういうことだったのか、私たちの老後は大丈夫なのかを考えていきたいと思います。
世間を騒がせた老後2000万円問題とは
「老後の生活が不安」、「年金は頼りにならない」などさまざまな声が飛び交いましたが、そもそも2000万円問題とはどのようなものだったのか、改めて整理したいと思います。
① 高齢夫婦無職世帯がモデル
② 月額収入:約20.9万円
③ 月額支出:約26.3万円
④ ②と③より約5万円、毎月不足する。この分は金融資産の取り崩しとなる
⑤ 65歳時点の金融資産(夫婦世帯)2252万円
⑥ 65歳から20年で1300万円、30年で2000万円の資産の取り崩しが必要となる
これらが話題となった報告書の8ページから16ページにかけてまとめられた内容です。このうちの⑥の「2000万円の資産の取り崩しが必要」という部分が大きく取り上げられた結果、老後2000万円問題として話題になったのです。ただし、1つ1つ丁寧に見ていくとやや違う見方もできます。
まず、①の高齢夫婦無職世帯を対象にした調査結果をまとめたものであるということです。働いて収入を得るということは前提となっていません。ただし、報告書内でも以下のような内容が添えられています。
体力レベルを見ても、現在の高齢者は過去のわが国の高齢者と比較して高い水準にある。(中略)OECDの調査によれば、60歳から65歳の日本人の数的思考力や読解力のテストのスコアは OECD 諸国の45歳から49歳の平均値と同じ水準となっている。
引用:金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」より一部抜粋
つまり60代の日本人の多くは十分に働く能力があり、また働く環境もある。直接触れられてはいないものの、働くことで老後生活が成り立つという解釈もできそうです。
また平均的な収支から毎月5万円の不足が生じ、65歳から30年間生きると2000万円不足するという指摘がありますが、金融広報中央委員会の世論調査によると、65歳時点での夫婦世帯の、金融資産の平均値は2252万円です。2000万円超の金融資産を有しており、仕事をしなくても年金を受け取りながら、金融資産を取り崩していけば足りない部分を補うことができることになります。
そして、こういった高齢者の平均像を紹介した後、以下のコメントがあり、おそらくこの点を最も伝えたかったのではないでしょうか。
米国では 75歳以上の高齢世帯の金融資産はここ20年ほどで3倍ほどに伸びている。一方、わが国の同年代の高齢世帯の金融資産はほぼ横ばいで推移しており、対照的な動きとなっている。米国では、市況が好調だったことに加え、401(k)プラン等の制度的な後押しもあり、現役期から資産形成を実行し且つ継続するとともに、そのような世代が歳を重ねるに従い、高齢世帯の資産が増加していったと推察される。この点、わが国でも後述するつみたてNISAやiDeCo等が整備され、個人が長期の資産形成を行うに際して、制度的な環境が整いつつある。
引用:金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」より一部抜粋
資産運用に積極的とされる米国の高齢者の資産状況に触れ、「米国では個人がしっかり資産を増やしているのに対して日本人は金融資産を増やすことができていない。米国では401(k)プラン(確定拠出年金)など制度的な後押しがあり、日本も401(k)と同様に税務メリットのあるNISAやiDeCoといった制度が整ってきているので、これらを活用することで資産形成をしっかり行ってほしい」と述べています。
このように、どちらかというと不安をあおるのではなく、「各種制度を使いながら積極的に資産形成を行い、セカンドライフをより豊かなものにしてほしい」と前向きな意味合いが込められていたと捉えることもできます。
ただし、日本においては、投資に対して保守的で、ややネガティブなイメージを持っている人も多いため、こういったメッセージはやや歪曲され、「老後2000万円も足りないから、投資の知識が乏しい私たちに対して、投資をしてお金を増やせと言っている」とやや乱暴な内容として受け止められてしまったようです。これが「老後2000万円問題」としてマイナスなイメージが先行していった原因ではないでしょうか。
でもやっぱりこれからは投資が大切!?
「老後2000万円問題」のきっかけとなった報告書は取り下げられる結果となりましたが、皮肉にも国民の投資への意識を変える機会になりました。その後、iDeCoやNISAの口座を開設する人が増え、お金について勉強したいという人も増えているように感じています。主体的に老後に向けて行動することはとても良いことだと思います。
実際、先に紹介した65歳時点の金融資産(夫婦世帯)の平均値は2252万円でしたが、何も運用せず毎月5万円ずつ取り崩すと37年半で使い切ることになります。もし年利1%で運用できれば47年、年利2%だと68年9カ月で使い切ることとなり、何も運用しない場合と資産寿命にかなり差があります。
少しでも高い利回りで運用できれば余裕のある老後生活を送ることができます。年齢を重ねると医療費や介護費もかさみ、毎月5万円では足りない可能性もあります。また、亡くなった後の葬儀代やお墓などについても準備しておく必要があります。
そもそも65歳までに2252万円も貯められる自信がないという人も多いのではないでしょうか。例えば、現在40歳で金融資産が300万円ある人が65歳までに2252万円を準備するには、毎月6万5000円の積み立てが必要となります。
仮に年利2%で運用しながら積み立てできれば、毎月必要な積立額は5万円まで下がります。老後資金を準備する、そして老後資金を上手に取り崩す、それぞれの観点から少しでも高い利回りで運用できれば非常に有利です。つまり正しい投資の知識を身に着け実践できるかどうかが老後を左右すると言っても良さそうです。
最新のデータでは老後はいくら不足する?
老後2000万円問題の計算の根拠になっていたのは2017年の家計調査(総務省)です。その後、数年経っていますので、改めて最新版(家計調査2022年)のデータを用いて、いくら不足しているのか確認してみましょう。
<夫婦高年齢無職世帯の家計収支>()内は老後2000万円問題報告書内の数値
〇月額収入:約24.6万円(約20.9万円)
〇月額支出:約26.8万円(約26.3万円)
〇不足額約2.2万円(約5万円)
家計調査2022より
当時より収入も支出も高くなっていますが、支出よりも収入の増加分が多いため、収支を差し引きした不足分は約2.2万円に縮小しています。つまり、今の値を用いると「老後2000万円問題」ではなく「老後800万円問題」となっているのです。5年間で年金を受け取る世代も変わり、さまざまな要因があると思いますが、毎月の不足額が縮小しているのはうれしいことです。
年金暮らしの高齢者夫婦の収支内訳
年金暮らしの高齢夫婦世帯の細かい収支の内訳は以下となります。
食費が消費支出の中で最も高い割合を占めています。住居は既にローンを払い終えている人もいることから、そこまで高い比率ではありませんが、人によっては住居費も大きな負担になりうるでしょう。
収入は「社会保障給付」、つまり老後の年金が大きな柱になるわけですが、世帯で毎月20万円以上もらうには、ある程度長い期間、会社員や公務員として勤務していることが前提となります。よって自営業の期間が長い人は、より老後への備えを意識して早めに準備を行うようにしてください。
自分の老後資金とどう向き合う?
家計調査はじめ各種データは、あくまで全国平均であり、住んでいるエリアや生活環境などさまざまな要素で老後の生活費は異なります。特に住居費は人それぞれで、持ち家かどうか、ローンが払い終わっているかどうかで、住居を取り巻く状況も大きく異なります。また近年、物価が大きく上昇していますが、数十年先の物価も意識した上で老後資金を考えておく必要があります。
「65歳までにいくら準備しておけば良いですか?」とよく聞かれることがありますが、ここまで触れたように世帯によってそれぞれ違ってきますので、具体的な金額や目安はここではあえて提示しません。
大切なのは「65歳以降どのように生活したいか?」ということを自分自身、そして夫婦や家族などと話し合うことが重要です。もしかすると離島や海外に移住し、今とは全く違う生活を送っている可能性もあるでしょう。年齢を重ねるごとに価値観も変わります。40代や50代ともなれば漠然とではなく、より具体的に65歳以降の生活をイメージし、どういった支出が中心になるのか考えるようにしましょう。また50代以降は誕生月に届くねんきん定期便に将来受け取る年金の見込み額が記載されるようになります。より具体的に老後のイメージがしやすくなりますので参考にしてみてください。
65歳時点で少しでも多くの金融資産を準備しておきたいところですが、ただ、そればかりを優先して、今の生活を犠牲にするのもどうでしょうか。老後資金ばかり気にして年々資産は増えていったものの、65歳到達前に亡くなるというケースも当然考えられます。いつまで生きるのか?これは誰も分かりませんが、老後への準備、そして今現在の生活、どちらも大切にしながらバランスよく向き合うことも意識しておきたいものです。
老後資金を効率よく準備するには?
老後資金の準備として、多くの人に活用してもらいたいのがiDeCoです。特に自営業者は月額6万8000円まで加入できます。会社員や公務員の方も会社の制度次第では月額1万2000円~2万3000円まで加入することができます。iDeCoは掛金が全額所得控除になるため税負担も軽減されます。また60歳以上まで引き出すことができないので、まさに老後資金準備に向いている制度です。
企業型確定拠出年期(DC)導入企業でマッチング拠出ができる場合はiDeCoに加入することができませんが、マッチング拠出(会社掛金に加えて従業員も拠出できる制度)を活用することで実質、iDeCo加入と同様の効果が期待できます。iDeCoに興味を持つ人は増えていますが、まだ実際に行動に移せていないという人も少なくありません。しかし資産運用は時間を味方につけることが大切です。10年より15年、15年より20年…節税効果や運用効果をより長く享受することが老後資金を効率よく準備することにつながります。
「iDeCoという運用商品がある」と勘違いしている人もいますが、iDeCoはあくまで枠組みであり、その枠組みの中で加入者自ら運用商品を選ばなければなりません。つまり、iDeCoと上手に付き合うために、ある程度投資の知識も身に着けておきたいところです。
iDeCoをはじめ老後に向けた資産形成に対して、「ある程度理解してからはじめよう」と先延ばしにしている人も多いですが、そう思っている間に少しずつ老後は近づいてきます。もちろん、全く知識ナシでやみくもに行ってはいけませんが、「まずはスタートして少しずつ知識を身に着けていく」という発想も大切だと思います。
現役時代に比べると老後は時間的に余裕ができます。そんな時間を楽しく使えるかどうか?そのためにぜひお金のことを学び、そして行動に移してみてください。
※資産運用や投資に関する見解は、執筆者の個人的見解です。投資に関する最終決定は、お客様ご自身の判断でなさるようお願いいたします。
老後資金に関するQ&A
Q:老後資金を準備したいと思っていますが、日々の生活費で余裕がなく貯金ができません。まずは何から行えばよいでしょうか?
A:まず生活費に余裕がない理由を洗い出してください。1カ月だけでも良いので家計簿をつけるなど収支を「見える化」することで新たな気づきもあります。無駄な支出や過剰な支出があれば、その分を貯蓄に回すようにしましょう。特段無駄な支出はなく、ちょうど教育費のピークに該当しているということであれば、教育費が落ち着いてから老後資金の準備をするといった考え方もできます。「〇年後から老後資金準備をする」という計画を立てるだけでも違います。しっかり現状分析と今後の計画を立てることを意識してください。
Q:老後の生活資金について具体的にエクセルに入力しながらシミュレーションしています。何か注意すべき点があれば教えてください。
A:自分自身でライフプランを作成される方も増えています。とても良いことだと思います。1つポイントを挙げるとすると、「厳しめに作成する」ことです。楽観的なプランを作るより、「収入はやや少なめ、支出はやや多め」でプランを作るようにしてください。どうしても不測の事態などが生じることもあります。どのような予期せぬことが起こるか、そこまで具体化することは難しいため、厳しめに作成しておくことで現実的な老後の生活がイメージできると思います。