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本当にこの道?…と不安になるほど静かな裏路地に、突如現れる大きな一面のガラス窓。その正体は、見たこともないようなクラフトビールが常時60~70種類ほど並ぶ、クラフトビール専門店「BEERSONIC」だ。オープンして1年未満、4坪ほどの小さなこの店に、全国はおろか、海外からも足を運ぶ人もいるという。人気の秘密を、オーナーの深堀成吾さんに伺った。
Q. 深堀さんは、以前はまったく別のお仕事をされていたんですよね?
大学を卒業してから23年間、公務員として働いていました。安定した職場でしたが、ずっと「このままでいいのか」「何かが違う」という思いが胸の中にあって。思い悩んでいるときに、友人に誘われて、休暇を利用してアメリカに行ったんです。もしかしたら、何か人生が変わるヒントがあるかもしれないと。その時、初めてクラフトビールと出合いました。
Q. クラフトビールのお店をやろうと思ったきっかけは?
よく驚かれますが、実はお店を始める前までは、特にビール好きというわけではなかったんです。どちらかというとコーヒーやカフェの方が好きでしたし。
クラフトビールに出合うきっかけになったアメリカ・ポートランドを訪れたのも、「カフェの聖地」として有名だから。滞在は5日間程度でしたが、20~30軒はカフェを巡りましたね。
その最中、ガレージのようなところで、たくさんの人たちがグラスを持って集まっているのを見かけたんです。そこはクラフトビールの工場でした。ビールもおいしかったし、何よりそこにいる人達の雰囲気が、ゆるくてとにかく気持ちよかったんです。
帰国後、ますます自分で何かをやりたいという思いが強くなり、起業セミナーに参加してカフェ運営の提案をしましたが、全然ダメで。そんなとき、あのクラフトビールを飲んだ時のことがふと浮かんで「ビールって楽しいし面白いかも」と。
Q. 開店の準備はスムーズに進みましたか?
実は、退職後、すぐにでも開業しようと思っていたので、これまでの貯金と退職金で開業資金は何とかなる、と少し軽く考えていました。でも、公務員の頃と比べると収入は激減。家族もいるので、あっという間に退職金は底をつきました。店舗が決まった時は、正直手元に100万円ほどしか残っていなかったんです。
起業なんて初めてだから、お金の回し方も分からない。そこで、福岡商工会議所の方に毎月1回相談に伺い、事業計画書の書き方や金融機関の紹介、資金繰りのことまで、起業のノウハウを丁寧に指導していただきました。
でもその時、前職で培った資料作成のノウハウや経験のおかげで、プロに頼まずに自分で申請書類が作れたんです。当時は退屈な仕事だと思っていたけれど、人生って無駄な事は一つもないんだな、と思いました。
ちなみに、クラフトビールは原価がすごく高いので、酒屋は儲かりません!(笑)収入は公務員時代の半分以下になりましたから。でも、ストレスは100からゼロになりました。
Q. なぜいきなりオリジナルビールを作ったんですか?
まずはクラフトビールを知るために、醸造所に行ったり、クラフトビールフェスタのボランティアに行ったりして、造り手の方々からいろいろなお話を伺いました。その中に、東京のクラフトビール会社「Far Yeast Brewing」の代表、山田司朗さんがいたんです。
山田さんはすごくクールで「商品のクオリティ」は当然として、「流通」などを含めたビジネスとして世界基準でクラフトビールを捉えている人。しかも作っているビールもうまい。この人といたら面白そうと思いました。話すうちに、飲食業の経験のない僕がやるなら、ビアパブより酒屋はどう?という案が出て、福岡にクラフトビール専門の販売店もないし、やってみようと。
ただ、お店をやるなら「クラフトビールを福岡で絶対に流行らせる」という本気を見せるために、何か勝負しないとダメだと思いました。それには絶対的にうまいオリジナルのビールが必要だ。じゃあ、Far Yeast Brewingしかない!と。山田さんに話したら醸造を引き受けてくれて。共同開発したのが、オリジナルの「WESTBOUND Session IPA」です。
【左「WESTBOUND Session IPA」330ml 700円。ラベルの5つの丸は、ビールの味を決める香り・苦味・甘味・酸味・ボディの成分表になっている。お店のオープンの4月に合わせて、香りがよく、外飲みに合う爽やかな味に仕上げた。
右 「WESTBOUND Session IPA 2nd」330ml 700円。2018年10月末にリリースした第2弾。寒い冬に鍋や温かいものと一緒に飲むことを想定して、芳醇な味わいに。】
Q. 東京や海外からのお客様もいらっしゃると伺いましたが、どうやって集客を?
このお店を持つ前は、自宅の6畳一間を酒屋のスペースとして使用していたんです。品物は中古の家庭用の冷蔵庫とクーラーボックスに入れて、僕はその隙間に寝袋を置いて寝ていました(笑)。
マンションの一室だから、もちろん待っていてもお客さんなんて来ない。知人に紹介してもらった居酒屋さんに営業しても、6畳一間のクラフトビール屋なんて全く相手にされないし、しばらくは友人に1回4本とかの配達程度でした。
それで開業から半年たった時、同じように小スペースでやっている大名のコーヒースタンドからイベントに誘っていただいたのをきっかけに、取り扱いをしてくださる店舗が増えてきて。うちのようなクラフトビールをこれだけ揃えている専門店は珍しいということで、SNSなどでも話題になって、国内外からお客様がわざわざ訪ねてくださるようになりました。
以前はイベントに100本持って行って、10本しか売れないときも。エレベーターのないマンションの4階まで売れ残ったビールを持って階段を上がるときの、あのずっしりとした重さは絶対に忘れません。だから逆に、あのときに声をかけてくれた人、ビールを買ってくれた人のことは絶対に忘れてはいけないなと。
Q. 深堀さんが考える、クラフトビールの魅力ってなんでしょう?
多様性があって、気軽にいろんな楽しみ方ができるのが魅力です。これまで大手メーカーさんが造っているビールしか飲んでいなかった方がうちのビールを飲んで、「ビールじゃないみたい」と言われたら、嬉しいですよ。それって、今までの既成概念の「ビール」が覆されたってことですから。
僕は「飲む」ときのビールの役割って実は5%くらいだと思っているんです。あとの95%は、誰と飲んでいるか、どんなところで飲んでいるかという様々なシチュエーションで決まる。だからこの店も、入りやすさと楽しく飲めることにこだわりました。
店内の角打ちスペースでは、お客様同士の飲み比べが始まったり、リピーターの方が商品の説明をしてくださったりすることも。ビールを飲んで、話して、なんとなく沈んでいた人たちが「なんか楽しいじゃん、明日も頑張ろうかな」って思うきっかけになれたら本当に嬉しいですね。
【写真:大人数で楽しめる大瓶のベルギークラフトビール「Bons Voeux(ボン ヴー)」(750ml1900円)もラインナップ】
Q. これからの展望を教えてください。
お店ができてやっとステージに立てたところなので、自分からいろいろ仕掛けていくつもりです。
これから先、より多くの方に楽しんでいただけるように、2019年4月に第3弾オリジナルビールの発売、お店の展開、そして様々なカルチャーと融合したイベントも考えていますが、まずは一人ひとりのお客様に満足していただけるお店でないと。
成功への近道なんてありませんから、毎日の積み重ねを大切に、ひとつずつ段階を踏んでいきたいと思っています。
BEERSONIC 深堀 成吾
1969年生まれ、長崎県出身。大学卒業後、23年間公務員として働いたのち、自宅マンションの6畳一室からクラフトビールの販売をスタート。2018年4月「BEERSONIC」をオープンし、「ビールを飲む時間」を楽しむ空間をより多くの人と共有するために日夜クラフトビールに愛を注いでいる。
福岡市中央区髙砂1-18-2
髙砂小路103
営業時間:(月~金)15:00~20:00(土・日)13:00~17:00
定休日:祝日、不定休
BEERSONIC HP
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※原稿内のビールの価格は店内で飲む場合の価格です。持ち帰る場合は全て100円引きになります。
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