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認知症対策の財産管理で今後は増える?「家族信託」活用法紹介

そなえる 白浜 仁子

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歳を重ねると、少しずつお金まわりの管理や手続きに不安を感じるようになります。特に、認知症になるなど判断力が無くなった場合は、自分のお金なのに自分のために使うことができなかったり、お金を引き出せないことで家族が困ったりすることもあるようです。

そんなことを解消できる方法として近年注目されているのが、自分の財産管理をあらかじめ信頼する家族などに託せる「家族信託」。ここでは、家族信託の仕組みや活用方法、注意点を確認するとともに、成年後見制度との違いを見ていきましょう。

家族信託とは?需要増加の傾向も

家族信託とは、自分の財産をあらかじめ信頼する家族などに託して、管理や処分を任せる契約をいいます。例えば、家族信託の仕組みを使って親が子にお金の管理を依頼すると、子が親の代わりに銀行でお金を引き出し、親のために使うことができるのです。

認知症になると困ることの一つが「お金や不動産などの財産管理」です。銀行でお金を引き出す時の本人確認は厳しいため、子であっても基本的に引き出すことはできません。

また、持ち家のある親がこう考えていたとします。「施設に入所することになったら、自宅を売却して入居金に充てたい」。ただその時に、親が認知症などで契約できない状況だったらどうなるでしょうか。自宅を売ることはできず、入居費用として当てにしていた資金を準備できないということになります。代わりに子が親の自宅を売却できればいいのですが、所有者ではないためできません。そうなると施設費用は子が負担することになりかねません。もどかしい状況です。

そこで、今回の家族信託が選択肢となります。家族信託は、2006年の信託法改正が契機となり、この10年ほどで徐々に認知度が高まっています。令和5年版厚生労働白書内の「認知症の人の将来推計」によると、2012年に約462万人だった認知症患者数は、団塊ジュニア世代が後期高齢者となる2040年には953万人に倍増する推計です。老後の財産管理をどうするかは、安心して人生の後半を過ごすための備えとして大切なことといえます。

では、家族信託は、どのくらいの方が利用しているのでしょうか。家族信託は個々で契約を結ぶため実数は分かりません。しかし、Google Trendsによると、インターネットでの「家族信託」の検索数は、2014年ごろから伸び始め右肩上がりとなっています。実際に筆者への終活相談でも、相談者自ら家族信託を話題にすることが増えてきました。

では、具体的な家族信託の利用方法を掘り下げて見ていきましょう。

家族信託のメリットは?どんな風に利用する?活用例を紹介 

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家族信託は、「委託者」「受託者」「受益者」の3者で構成される契約です。「委託者」は自身の財産の管理や処分を依頼する人をいい、頼みたい財産のみ指定して契約できます。「受託者」は管理・処分を引き受ける人です。そして「受益者」はそれによって利益を得る人をいいます。委託者と受益者は同一人物になることが多いようです。それでは、具体的に家族信託の活用例を見ていきましょう。

不動産管理、介護費用、施設入居一時金などの親の資産について家族信託が利用できる

例1)家族信託で、預貯金や自宅の管理を頼むケース

歳を重ねて、物忘れをすることが増えてきた父Aさん75歳。いつも妻任せだったため、妻亡き後の資産管理に不安を感じています。そこで、家族信託で契約を結び、長女にサポートしてもらうことにしました。父Aさんは、委託者兼受益者で、長女が受託者です。今後は、父の希望を叶えるために信託契約を結び、信託された預貯金や家を管理することにしました。

預貯金の使い道は「毎月父に必要な生活費を渡す」「自宅が傷んできたら修繕や外壁を塗り替える」「父の施設の入居費用に充てる」など、契約内容に従って長女が預貯金や自宅の管理をします。父Aさんが施設に入所した後に、自宅を売却してほしい場合は、そのことも契約できます。

例2)賃貸アパートを所有している父が、息子に管理を任せるケース

賃貸アパートを持っている父Bさん80歳。高齢となり、日々のマンション管理や、数年後の大規模改修に向けた対応が自分でできるのか心配になっています。一方で、父Bさんは、家賃収入が生活の糧でもあるため、今後も賃料を受け取ることが必要です。そこで、家族信託で契約を結ぶことにしました。

今後は、息子が父の代わりに入退去時の手続きを管理会社と行い、数年先の大規模改修も工事業者と契約をするなど取り仕切ってもらえるようになりました。もちろん、受益者として賃料収入を定期的に受け取ることもできるので安心です。

例3)障害を持つ子へ、親が亡くなった後に考えられる問題の対策として

母Cさん70歳には、2人の息子がいます。自分の先々のことも心配ですが、何より気がかりなのは障害のある次男Dさんです。次男Dさんは、買い物や食事など日常生活はひとりでできますが、障害のため上手くお金の管理ができません。母Cさんは、次男に残すつもりの預貯金も、直ぐに使い果たしてしまうのではないかと心配しています。そこで、家族信託で長男に受託者になってもらい備えることにしました。

家族信託は、第2受益者、第3受益者と次の受益者を決めておくことができる制度でもあります。そのためまずは、第1受益者である母Cさんが生存中は、長男が母Cさんのためにお金を管理します。そして母亡き後には、次男Dさんが第2受益者として母の資産を相続し、長男からお金の管理をしてもらうというわけです。それによって長男は、障害を持つ次男に生活費として必要な分だけお金を渡すことができます。

母Cさんは、自分が認知症などで判断ができなくなった時だけでなく、障害のある次男の備えもすることができました。このように家族信託は、自分が亡き後に自身の資産をどう使ってもらうかを指示できる遺言のような役目も果たしてくれます。

家族信託で注意すべき点

この事例のように、家族信託は非常に便利で使い勝手が良い制度ということが分かります。では、家族信託で注意することは何でしょうか。

まず、家族信託は、委託者である本人が契約できる状況でなければならない点です。つまり、程度にもよりますが、基本的に認知症になっていたら信託契約を結ぶことができません。また、そもそも受託者として引き受けてくれる人がいなければ成立しないことも大事なポイントです。

受託者は信頼できる人なら子以外でもなれるため、甥や姪といった自分より若い身内にお願いするというケースもあります。しかし、疎遠になっている場合は、現実的に難しいこともあるでしょう。実際に筆者のクライアントでも、家族信託の選択を検討しながらも、受託者が決まらず違う選択をするケースもあります。

次に、家族信託は委託者と受託者との2者間で行い、受益者や相続人などの同意がなくても契約はできるという点です。この場合、上記の例3のように母亡き後、障害を持つ息子にだけ資産を渡すことになると、兄弟が複数いる場合は、他の兄弟が不満に思い相続時にトラブルになる可能性があります。また、例1や例2のような信託契約でも、親が亡くなった後の残った財産をサポートしてくれた受託者だけに渡すことなるなら、不満に感じる相続人がいるかもしれません。

その他、注意しておきたいことは「家族信託は、2006年の法改正により生まれた、まだ新しい制度である」ということです。そのため十分に経験を積んだ弁護士や司法書士などの専門家が少ないということが挙げられます。大事な契約ですので熟知した専門家を探すことが必要です。

家族信託の手続きや流れ、かかる費用 

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家族信託を検討する場合、まずは受託者となる人の合意を得る必要があります。家族信託は、自分が依頼したい財産だけを契約することができるため、どの資産を信託したいのか、どういったことに使ってほしいのか、委託者である自分自身が亡くなった後の残余財産は誰に渡したいのか、といった具体的な信託内容を決めていきます。

なお信託しない資産は、遺言を作成して備えることを検討しましょう。信託契約は、自分で全て手続きをすることもできますが、形式の漏れや内容の不備によって、後々想定外のことが起こる可能性が懸念されます。そのためこのような大切な契約は、弁護士や司法書士などの専門家に依頼するのが賢明です。契約書は一般的に公正証書で作成するため、公証役場で手続きをします。

また、現預金を信託したい場合は、銀行等で専用の信託口口座を開設します。金融機関によっては、この信託口口座を開設してくれないこともあるため、その場合は子などの受託者名義で口座を開設し、受託者自身の預貯金と分別管理することになります。自宅などの不動産を信託する場合は、法務局での登記も必要です。

こうした手続きの流れを見ると、何だか煩雑に感じる方も多いのではないでしょうか。しかし実際は、契約内容が決まれば、その他のことは専門家に任せられるため心配はいりません。

筆者も信託契約の締結に立ち会うことがありますが、クライアント自身が手続きに翻弄されることはないようです。大事なのは、信託契約の内容をどうするか、委託者の希望を叶えるために他に起こりうるリスクはないか、を入念に話し合い契約につなげていくことだと思います。

費用の目安は、司法書士や弁護士など専門家へのコンサルティングや契約書作成費用として30万~100万円など、信託する内容や金額によって専門家がそれぞれ定めています。

また公正証書の場合は、公証役場への手数料として3万~10万円、不動産がある場合は登記費用として「固定資産税評価額×0.4%(土地は0.3%)」などが必要になります。

法定後見制度、任意後見制度との違い

家族信託以外では「成年後見制度」も選択肢になります。違いについて簡単に見ていきましょう。

成年後見制度は、大きく「法定後見制度」と「任意後見制度」の2つに分けられます。「法定後見制度」は、判断能力が低下している方を守る制度で、家庭裁判所から選任された法定後見人がその方の全ての財産を管理します。

また、家族信託にはない仕組みとして、身上保護の役割も担います。身上保護とは、施設の入所手続きやケアマネージャーと介護の方針を決めるなど、生活や療養看護に関する事務手続きです。後見人として選任されるのは、弁護士や司法書士などの専門家となることが多いようです。その場合、毎月3万~5万円など業務内容によって報酬が発生し、原則として途中で解除することはできないため、その方が亡くなるまで続きます。

法定後見制度は、判断能力が既に衰えている方を保護する制度であるのに対し、「任意後見制度」は、元気なうちに事前に「誰に後見人になって欲しいのかを決めて契約する制度」です。実際に判断能力が無くなった時に家庭裁判所に申述すると、任意後見監督人が選ばれ、任意後見人が任意後見契約の内容に基づいて後見事務を行います。任意後見人は身内などお願いしたい人を指定できますが、任意後見監督人は専門家が選ばれ、業務内容に応じた報酬を裁判所が決めます。

家族信託との違いは、身上保護権があること、後見人や監督人への報酬が継続的にかかること、管理する財産は全財産で一部とすることができないことです。また、定期的に家庭裁判所や任意後見監督人に資産状況を報告する義務もあります。その方の財産を守ることが後見人の役目であるため、きちんと実行できているかを定期的に確認する必要があるのです。

司法が関わることで厳格な管理が行われやすい一方で、使い難いという声もあります。例えば、子が親の自宅を売却して親のために使いたいと考えていても、後見人を通じて家庭裁判所に申し出をして許可を得られたら売却できる、というように手間や時間がかかるということが挙げられます。

まとめ

今回は、家族信託について見てきました。これまでの内容をまとめます。

今回紹介した例以外にも、家族信託の活用方法はあります。また、任意後見制度と併用することも可能です。いくつもの視点から検討しながら、より希望が叶えられる方法を見つけましょう。  

家族信託に関するQ&A

Q:家族信託の契約書は行政書士に依頼することもできますか?

A:行政書士に信託契約書を作成してもらうことは可能です。

Q:親が認知症でなくても家族信託はできますか? 

A:判断能力がある状況でも、家族信託で親の資産を管理することができます。