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ガラガラガラ……。ちょっぴり懐かしく、かわいらしいリヤカーを引いて現れたのは、おむすび店を営む永野さん夫妻。二人が運んでいるのは、銭湯の軒先で開くためのオリジナルの屋台。月に数回リヤカー屋台で移動販売する、このユニークな店舗形態に行き着いたきっかけは何だったのだろう? 今の営業スタイルへの経緯や仕事への考え方について伺った。
ゆかいな夫婦による、“おむすびユニット”が誕生。
福岡市中央区輝国に構える店舗で特製おむすびを握り、手間暇かけたおいしさを届ける「おむすびひばり」。手がけるのは、料理家のご主人・永野裕和さんと、陶芸作家の妻・薫さんが組む“おむすびユニット”です。店舗での販売のほか、リヤカーを使った移動販売も行なう二人は、なぜおむすび屋さんをやろうと思ったのでしょう?
「僕は以前、北九州・門司港のカフェで働いていて、スパイスとハーブを使った料理を作っていました。3年前の結婚を機に福岡市へ引っ越して、しばらくサラリーマンをやってました」とご主人。
奥様の前職は作業療法士、その前はタイマッサージ師だったそう。「ずっと体のメンテナンスに携わっていましたが、主人といろいろ話す中で『やりたいことだけをやろう!』と一念発起。趣味の陶芸とおむすび屋さんをやっていくことにしました」と話します。
リヤカー屋台のアイデアはどこから?
リヤカー屋台のヒントは、ご主人が一時期働いていた運送会社のカートだったと言います。
「カートを押して街中を走るじゃないですか。そこでたくさんの軒先の空きスペースを目にしたんです。駐車場にもなっていなくて、ただただガランと軒先があるだけ。その状況がもったいないと感じ、遊休スペースをうまく活用できないかと考えていました」。
もともと料理人だったご主人は、軒先を借りてリヤカー屋台を開けないかと企てました。自分の店を出したいご主人、軒先を持て余している大家、近所に住む人々。三者みんなが楽しめるし、それぞれのメリットにも繋がると確信し、このアイデアを奥様に話したところ、即賛同。
「主人は面白いことを企てるのが得意。それに、自分たちの身の丈に合った方法で面白いことをやるには……と考えたときに、リヤカー屋台は画期的なアイデアでした」と奥様。
自分たちの持ちものを活かし、可能性を探り当てる。
実際にお店を始めるとなると、 多額の開業資金が必要。さらに飲食業なら公的な営業許可証も必要で、製造場所と住居を切り離さなければなりません。いろんなハードルが立ちはだかる中、永野さんの場合はとってもラッキーでした。ちょうど奥様の実家が二世帯住宅で、お祖母様が使っていた台所を製造場所として登録することができたのです。
「私たちは『やりたいことを実現するためには何が必要?』という考え方ではなく、『自分たちが持っているものを使ってできる、面白いことって何だろう?』という思考回路です。今回もたまたま祖母の台所を借りられることになったので、おむすび屋を始めました。もしも製造場所として使えなかったら、ギャラリーにしていたかも……!?」と奥様。
「どこまでお金をかけずに面白いことができるか。そこにもこだわりました。うまく実現すればモデルケースとなりますしね」とご主人。
開業時の初代リヤカーは本体を約1万円で購入し、補強や装飾などをDIYしながら、総額5万円ほどで屋台へと変化させました。あとは調理器具の準備やトイレの工事、許可申請といった諸経費が約10万円。合計15万円程度の低コストで店舗の立ち上げに成功したのです。
手間暇がとっておきのおいしさに! おむすびへのこだわり。
永野さん夫妻がおむすびに使うのは、「寝かせ玄米」。無農薬玄米を黒米と小豆と一緒に圧力鍋で炊いて、数日間熟成させたお米のことです。噛むほどにお米の甘みが広がり、モチモチの食感と、プチッと弾ける玄米の歯ごたえも楽しめます。
そしておむすびの具も特徴的。大葉みそに焼きさば、炙りめんたいこなど6種類の具を用意しています(1個170~200円・税込)。中でも一番インパクトがあるのは、あんことバターを使った「あんバター」。おはぎ感覚で味わえる、おやつにもぴったりの一品です。
また、現在は豚味噌チーズを季節限定で販売し、夏はさっぱりしたミョウガ甘酢、秋は蒸芋を入れたクルミ味噌のおむすびを提供。味噌を数種類ブレンドしたり、具を炙って香ばしさをつけたりと、細かい作業までこだわり、趣向を凝らした個性派を揃えています。
新しい取り組み、「軒先リヤカー研究所」も展開中!
自身のリヤカー型店舗の経験を踏まえ、永野さん夫妻は新たなプロジェクト「軒先リヤカー研究所」を立ち上げました。素材のセレクトショップ「MATERIAL MARKET」、生活道具店「Kiful」の両オーナーとタッグを組み、街中の軒先を盛り上げるためのチームを発足。リヤカーの製造販売や、遊休スペースでのイベントを企画しています。
そんな「軒先リヤカー研究所」によるイベントが2019年3月30日(土)に福岡で開催。「リヤカー商店街 in 緑道さんぽ市」と題したマルシェを行います。
「私たちがリヤカーを使って楽しむ姿を見て、リヤカー好きが増えたり、もっと軒先が活用されて街が盛り上がればいいなと思います」
【写真:以前古門戸町で開催した「小商いのススメ in 軒先リヤカー研究所」の出店準備の様子】
豊かな経験と大切な縁が、仕事の価値であり原動力。
お金は生活や仕事が回せる程度あればいいかな、と永野さん夫妻は語ります。「お金は、自分たちがやりたいことに対して必要な分だけあればいいです。そもそも、お金で買える“手間”を自ら楽しんでやっているので、余分なお金を求めていないのかもしれません」とご主人。
働くことで得られる収入は、お金だけではないというのが二人の見解。想いを共感できる有志との繋がりや楽しい経験、そういったことも収入だと捉えているのです。
「労働の対価としてお金を重要視するか、お金ではないもの(繋がりや経験)を重要視するか。私たちとって、絶対に手放したくないのは後者です」という言葉が、永野さん夫妻の人となりを表しています。人や縁に恵まれた幸運の鍵は、そんな考え方にあるのかもしれません。