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「年収格差」が「学歴格差」を生むのはなぜ?本当の理由とは

「お金0.2から2.0まで」新しい経済のルールと生き方を考える 中村 修治

「年収格差」が「学歴格差」を生むのはなぜ?本当の理由とは

【画像出典元】「iStock.com/djedzura」

娘が2人とも東京に行ってしまった。長女は、社会人2年目。次女は、大学2年生。ワタシ(中村修治)は、あと2年でお役御免になる親父である。

本日は、「年収格差が学歴格差を生む」という一般論に少し斬り込んでみたい。学歴がいいのは塾とか行けるお金があるからじゃないですか!?という理屈は、底が浅いと思うわけですよ。

年収格差は可処分所得の差。つまり体験格差である

可処分所得の多い家庭は、子どもたちに、多くの体験を提供することができる。旅に行ったり。いろんな人と出会ったり。多様なものを見たり。そういう子どもは、知的好奇心が芽生え、学習意欲も高くなる。

多くの体験は「多様な価値観を包含できるようになる」。そうすると多様な勉強が面白くなる。多様な選択肢が、この社会にあることを知る。固定された価値観に縛られることなく、自由になる。

その思考は、職業選択の時の大きな標べにもなる。
起業とかの思考も、そういう多様な体験の数に支えられることになる。

本当に年収格差のせい?なぜ勉強するのか!?の本当の答え

こんなツィートが世間の大人を賑わせたことがある。

勉強をなぜするのか親にきいたときに、お茶が入っているコップを指して・・・
国語なら『透明なコップに入った濁ったお茶』、
算数なら『200mlのコップに半分以下残っているお茶』、
社会なら『中国産のコップに入った静岡産のお茶』と色々な視点が持てる。
多様な視点や価値観は心を自由にする。というようなことを返された

素晴らしい答え!!!まさにである!!!
勉強は、モノの見方を豊かにする。
心を自由にするためにある。
偏ることは不自由である。
だから、一生勉強なのである。
偏らないために勉強をするのである。

不自由な大人ほど、もっと勉強をしておけば良かったという。
うちは貧乏だからとひがむ大人ほど、家に閉じこもる。

こう考えると、年収と学歴など関係ない。
可処分所得が低くても、子どもたちに体験させることはできる。
固定概念に縛られることのない自由さを手に入れる術は提供できる。

年収格差は、学歴格差を産むなんて言って諦めている大人は、教育者失格である。子どもたちの多様な可能性を奪っている。

結局、お金の問題の外に、教育はあるはずなんだけどな!?と娘2人を育て上げてはじめて公言できるようになった。