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自己都合退職でもすぐに失業保険が給付される!?見直しの動きとは

経済とお金のはなし 竹中 英生

自己都合退職でもすぐに失業保険が給付される!?見直しの動きとは

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毎月の給料から保険料が天引きされている「雇用保険」。これは皆さんが会社を辞めてから次の仕事に就くまでの一定期間失業手当を受け取れる社会保障の1つです。この雇用保険は、自己都合で退職した場合、辞めてから2カ月間(少し前までは3カ月間でした)は待期期間として失業手当が給付されません。しかし、そう遠くない将来に、自己都合退職でもすぐにもらえるようになるかもしれないのです。今回は、転職を考えている人にとっては非常に重要な、雇用保険と退職金の見直しに関する話です。

雇用の流動化を目指す政府

会議
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新しい資本主義実現会議(議長・岸田文雄首相)が4月12日、労働市場改革の論点案をまとめました。雇用に関わる現制度を再検証し、年功序列や終身雇用を前提とした日本型雇用慣行の改革に取り組むのが狙いです。

新しい資本主義実現会議とは?

新しい資本主義実現会議は、岸田総理が提唱する「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義の実現に向けたビジョンを示し、その具体化を進めるために開催されている会議です。

会のメンバーは財界・学会などを代表する有識者によって構成されており、その議長を岸田総理が務めています。

雇用の流動化とは?

雇用の流動化とは、人材が流動的に企業を移動することで経済の活性化が促進される状態を指す言葉です。
硬直化した雇用制度や働き方を変え、就職しやすく辞めやすい労働環境を作ることで、労働力の最適化を促進することが、新しい資本主義実現会議が目指す大きな目標のひとつとなっています。

雇用が流動化しないと何が問題?

では、雇用が流動化しないとどのような問題が生じるのでしょうか?簡単にまとめると、以下の4点です。

①   労働市場の柔軟性の低下
雇用の流動化が阻害されると、企業が必要なときに必要な人材を確保することが難しくなります。また、従業員が自分のスキルや志向に合った仕事に就く機会が減少し、労働市場が硬直化する可能性があります。

②    企業競争力の低下
企業が適切な人材を採用することができないと、業務の効率性や生産性が低下する可能性が高くなります。また、適正な人員配置ができないことによって、企業の収益性が低下することもあります。

③    非正規雇用の増加
雇用の流動化が阻害されると、企業は正規の雇用形態ではない非正規雇用を選択する可能性が高くなります。非正規雇用は、労働者の雇用保障や福利厚生が限定的であるため、労働者の経済的な不安定化を招く可能性があります。

④    労働者のスキルアップの機会の減少
雇用の流動化が阻害されると、労働者が新しいスキルを習得する機会が減少することがあります。これによって、労働者のキャリアアップの機会が限定され、生産性の向上や経済成長につながる人材の育成が妨げられる可能性があります。

雇用の流動化をどうやって促進させるのか

雇用の流動化を促進させるにあたり、新しい資本主義実現会議で話し合われている改革案のうち、特に重要なものが以下の2つです。

  • 失業保険給付制度の見直し
  • 退職所得課税制度の見直し

失業保険給付制度の見直し、すぐもらうことが可能に?

失業保険申請
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冒頭でも述べたように、私たち(会社経営者や個人事業主などは除く)は会社を通して雇用保険に加入しており、会社を辞めて次の仕事に就くまでの間、雇用保険から給付金が支払われる仕組みとなっています。

ちなみに、1975年3月までは失業保険法で、その後は雇用保険法によって給付を受けていたため、今でも「失業保険」と「雇用保険」という言葉が混在していますが、基本的にはどちらも同じものを指します。

現行の雇用保険制度の問題点とは?

では、現行の雇用保険制度の何が問題なのでしょうか?実は、現行の雇用保険制度では、退職理由によって給付金支払いまでの待期期間や支払金額そのものに大きな違いがあります。

給付までの待期期間の違い

雇用保険が給付されるまでの待期期間は、倒産や人員整理などによって退職を余儀なくされた場合と、自己都合で退職する場合で、以下のように大きく異なります。

  • 倒産や人員整理の場合・・・7日間の待期期間
  • 自己都合による退職・・・7日間+2カ月(5年で2回以上の自己都合退職をした場合は3回目以降から3カ月)の待期期間

このように、退職を余儀なくされた場合と自己都合で会社を辞めた場合では、失業手当が給付されるまでの待期期間に大きな違いがあります。

したがって、自己都合による退職では、失業手当が給付されるまでの約2カ月間、貯金を切り崩して生活することになります。これが、労働者に転職を躊躇させ、雇用を硬直化させる要因の一つとなっています。

給付される金額の違い

では次に、退職理由による違いによって給付される期間がどれだけ違うのかを見てみましょう。まずは倒産や人員整理などにより退職を余儀なくされた方の場合です。

ハローワークインターネットサービスより一部抜粋したものを筆者作成

たとえば、数カ月間勤務した会社から人員整理をされた場合であれば、7日間の待期期間を経て90日分の失業手当が給付されます。これなら、この期間に給付を受け取りながら次の仕事を探すことも出来ます。

一方、自己都合で退職した場合の給付金額は、以下のようになります。

ハローワークインターネットサービスより一部抜粋したものを筆者作成

表からも分かる通り、数カ月勤務して自己都合で退職した場合、年齢にかかわらず、一切給付されません。そのため、少なくとも雇用保険の給付を受けるには、1年以上我慢するしかないわけです。

このように、雇用保険給付までの待期期間や給付日数が雇用の硬直化を生む原因の一つとなっているため、新しい資本主義実現会議ではこの制度改革に取り組むことが検討されることとなりました。

雇用保険の待期期間短縮へ

4月12日の「第16回新しい資本主義実現会議」の後で、後藤内閣府特命担当大臣は記者会見を行い、「失業給付制度について、自己都合による離職者の場合、会社都合の場合と異なり、一定期間、失業給付を受給できないとされていることを踏まえ、要件を緩和する。」との旨を発表しました(注)。

現在2カ月間ある待期期間がどれくらい短縮されるのかは具体的に発表されていませんが、これで自己都合退職を躊躇するハードルが下がることは間違いないでしょう。

(注)内閣府「後藤内閣府特命担当大臣記者会見要旨 令和5年4月12日」より

退職所得制度も見直しの検討

退職金規定を持つ女性
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雇用保険制度とならび、もう一つ重要な論点となっているのが「退職所得課税制度」です。そもそも退職所得課税制度とはどのようなものなのでしょうか?

退職所得課税制度とは

私たちがもらう給料や賞与からは、所得税や雇用保険などが天引きされています。そのため、給料や賞与の手取り額は、額面金額と比べると少なくなっています。

ですが、退職金をもらう場合は、こうした税金などの課税要件がかなり緩和されています。その理由は、退職金には以下の退職金控除があるためです。

国税庁ホームページ「退職金にかかる税金」より一部抜粋

そこで、勤務年数2年で退職金を1000万円支給された場合の税金がいくらになるのかをシミュレーションしてみます。この場合の退職金控除額は以下のようになります。

  • 勤続年数2年の退職金控除額・・・40万×2年=80万円

退職金から退職金控除額を差し引いた金額(これを「課税退職所得金額」といいます)に対して、以下の税額表で算出した金額が課税されます。

国税庁ホームページ「退職金にかかる税金」より一部抜粋

したがって、勤務年数2年で退職金を1000万円支給された場合の所得税額は以下のようになります。

  • 退職金に対する所得税額・・・(1000万円-80万円)×33%-1,536,000円=1,500,000円

勤務年数が長くなると所得税が課税されない

次に、退職金を同じ1000万円もらう場合でも、勤続年数が長くなるとどうなるのかを考えてみます。勤務年数30年で退職金1000万円が支給された場合、退職金所得控除額は以下のようになります。

  • 勤続年数30年の退職金控除額・・・800万+70万×(30-20)年=1500万

この場合、退職金の1000万円よりも退職金控除額の1500万円の方が多くなるため、所得税額は0円です。

つまり、退職所得課税制度は、転職しないで長く在籍する程得をするように設計されているわけです。特に、勤続年数が20年を超えると、この退職金控除額はさらに急カーブを描いて増えて行きます。これが、雇用の流動化を阻害している一因となっているわけです。

まとめ

頑張って働いて給料を増やしてもらうためには、個人の努力が必要なのは言うまでもありませんが、それだけではまだ十分ではありません。そもそも向いていない場所で我慢しながら努力をしたとしても、思い通りの成果を出すのは難しいからです。

ですが、現在の日本では、転職しないで我慢していた方が得をするように設計された制度がまだまだ生きています。こうした制度を一刻も早くアップデートし、今の働き方に合ったものに再設計し直すことが大切なのではないでしょうか。

今回の失業保険給付制度と退職所得課税制度の見直しは、こうしたアップデートに向けた大きな一歩となる事でしょう。