歴史的円安は本当にマイナス?本当に悪いのかどうかを考察してみた
監修・ライター
為替が1ドル160円のラインをあっという間に超え、食料品をはじめ何もかもが高くなっています。給与水準も上昇しているようですが、残念ながら物価の上昇には追いつけず、2024年7月の時点で実質賃金は26カ月も連続で減少しています。
私たちは今、歴史的円安とも呼ばれている真っ只中にいるわけですが、いつも不思議に思うことがあります。今から13年前の2011年、為替は1ドル70円台にまで高騰し、「日本の産業は近いうちに全滅する」と叫ばれていましたが、もちろん今のところ全滅していません。
そして今、今度は1ドル160円となり、「日本はもう危ない」という話をニュースやTV、雑誌などで目にしない日はないほどですが、今のところそのような気配はありません。
でも、実際のところはどうなのでしょうか?この歴史的円安は本当にマイナスで、悪いことなのでしょうか?
そこで本記事では、できるだけ難しい用語や式などを使わずに、円安が本当に悪いのかどうかを考察してみます。
得をしている人は誰か?
カリフォルニアに住む筆者の甥っ子が、夏休みを利用して久しぶりに日本に遊びに来ました。サクラメントのファストフード店でアルバイトをしている彼の時給は22ドルだそうで、「時給が安すぎる」とぼやいていましたが、日本の物価のあまりの安さに驚いてTシャツを山ほど買って帰っていきました。
この話をもとに、円高と円安について考えてみます。この話で得をしたのは誰でしょうか?ちょっと考えてみて下さい。
まず考えられるのは、カリフォルニアから来た甥っ子です。アメリカで買えば高いものが、日本で安く買えたのですから、間違いなく一番得をしているのは彼でしょう。
次は、日本で彼にTシャツを売った人です。まとめてたくさん買ってもらったわけですから、間違いなく得をしています。
では反対に、損をしているのは誰でしょうか?これは、アメリカでTシャツを売っている人ですね。彼が日本に来なければ、アメリカでTシャツを買っているはずです。ですから、アメリカでTシャツを売っている人は損をしていると言っても間違いではないでしょう。
では、この話には出てこない一般の日本人はどうでしょうか?損得とは全然関係ないように思えますよね。でも、実はそうでもないのです。
Tシャツが1兆枚売れたらどうなる?
彼が買ったTシャツはせいぜい10枚程度ですが、もし1枚1000円のTシャツを彼が1兆枚買っていたらどうなったでしょうか?
Tシャツを売った店舗の売り上げは1000兆円となり、大変儲かりますが、話はこれだけにとどまりません。1000兆円分だけドルを売って円が買われるわけですから、円の価値が上がり、為替は円安から円高へ反転します。
その影響で、日本国内で売られている食料品をはじめとする輸入品の価格は下がり、一般の日本人にとってもありがたい話となります。
ただし、円高が進むわけですから、今度はTシャツの値段(ドルベースで換算した場合の)は高くなり、海外から訪れた旅行者には売れなくなります。
円安は得も損もありうる
輸出も輸入もしていない一般の人にとっては、円安になると輸入品の価格が上がるため、結果的に支出が増えて損をします。これは、私たちの今の状況と同じです。
しかし、必ずしもそれだけはありません。物価の上昇以上に賃金が上がれば、物価が下がっていくのと同じことになるため、その場合円安は損ではなく得になります。
輸出企業にとって追い風となる円安は、そのまま企業の利益に直結します。円安によって出た利益が従業員の賃金に回り、また国内の一部の下請けにも仕事が回されるようになれば、最終的には円安によるメリットを享受できるようになるはずです。
しかしながら、それはごく一部の人の話です。日本の場合、国内市場の規模がそれなりに大きかったため、大企業を除く大半の企業は、国内市場だけで十分に成長することが可能でした。そのため、海外市場へ進出しているのは、大企業を含むごく一部の企業のみという状態が長く続いていました。
ですから、輸出と関係のない業務を行っている大半の労働者は、どう頑張っても円安のメリットを享受することはできません。かなり乱暴に言うと、労働者の8割くらいは円安によるメリットが受けられないのではないかと考えています。
給料が上がらないのは円安だけが理由ではない
先程述べたように、円安になっても賃金が上がれば物価の上昇分が相殺されるため、円安によるデメリットは受けにくくなります。
しかし、現実にはそうはなっていませんし、恐らくそうなることはこれからも難しいでしょう。下図をご覧ください。
これは、日本企業の当期純利益と配当金の推移を表にしたものです。90年以降をご覧いただくと、デフレ経済であったにも関わらず企業の当期純利益は増え続け、それに連動する形で配当金が増え続けています。
90年におよそ5兆円だった配当金が最終的には25兆円弱となり、「失われた30年」の間に何と5倍近くまで増えています。では、この期間に労働者の賃金はどうなったのでしょうか?下図をご覧ください。
同じように90年以降の推移を見てみると、事業所の規模の大小を問わず、おおむね横ばいか少し下がっている程です。
このことから分かるように、輸出関連企業であるかどうかに関わらず日本の多くの企業はかつての方針を転換し、株主の利益をこれまで以上に重視する企業経営にシフトしています。逆に言えば、これまでのあまりにも株主を軽視した経営方針が見直され、オーナーである株主の意見を大切にする企業経営に舵を切っています。
したがって、海外市場に向けて輸出を行っている大企業に勤めていたとしても、円安のメリットがそれ程受けられない可能性も十分に考えられます。
ではどうすれば良いか
これまでの話をまとめると、以下のようになります。
- 海外市場をメインターゲットとしていない企業に勤めている労働者は、円安のメリットを受けにくい
- 輸出企業に勤めていても、やっぱり円安のメリットはそれ程受けにくくなりつつある
これを踏まえたうえで、対策として考えられるのは、以下の2つです。
- 円安のメリットを受けやすい企業の株主になる
- 外国並みに転職する
企業が株主を重視するのであれば、株主になれば問題ありません。円安のメリットを受けやすい企業の株主になれば、給料でメリットが享受できない分を補えます。
もう一つ考えられるのは、日本中の労働者が外国並みに転職回数を増やすことです。日本では転職してもせいぜい2~3回くらいでしょうが、アメリカ人は平均10~13回位は生涯で転職を繰り返しています。
給料が安くても残業代が出なくても、辞めないのであれば、給料を上げてもらうのはやはり難しいでしょう。すべての労働者が少しでも労働条件の良い会社へどんどん移るようになれば、会社側も給料を増やさざるを得ません。
しかし、この2つにはどちらもリスクが伴います。株式を買っても株価が下がるかもしれませんし、業績が悪ければ配当金すら出ないかもしれません。また、転職すればするほど条件が悪くなり、「結局最初に勤めた会社が一番良かった」ということも十分に考えられます。
「リスク」という言葉の語源には諸説ありますが、アラビア語の「明日の糧」(risq:リズク)という言葉が、現在の「リスク」という言葉の基になっているという話を聞いたことがあります。
これは、危険を冒さなければ明日の糧が得られないことから来ているのでしょうが、できれば日本社会がそのように高いリスクを国民に求めることのないように望みます。