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ジョブ型雇用は救世主か破壊者か?メリットとデメリットを考える

経済とお金のはなし 竹中 英生

ジョブ型雇用は救世主か破壊者か?メリットとデメリットを考える

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日本経済新聞によると、富士通株式会社は4月21日、本社と大半の国内グループ企業の一般社員およそ4万5000人に対して、新たに「ジョブ型雇用」を導入したことを正式に発表しました。これにより、グループ企業を含めた13万人の従業員の約9割がジョブ型雇用で働くことになりました。

また株式会社日立製作所は、2022年7月からジョブ型雇用を本社の全社員に広げることを発表しています。

長い間日本企業が導入していた年功序列・終身雇用制度が既に崩壊しつつあるのは皆さんご存じの通りですが、それに代わって新たにジョブ型雇用を導入する企業が増えつつあります。経団連が2020年の夏に行った調査によると、419社のうち約100社が、検討中も含めてジョブ型雇用に着手をしています。

そこで本記事では、これから増えていくであろうジョブ型雇用の内容について整理した上で、そのメリットやデメリットについて解説していきます。

ジョブ型雇用とは

専門的なビジネス集団
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ジョブ型雇用とは、必要な職務内容に対し、その職務に適した技術や経験を持つ人物を採用する雇用方法のことです。

これに対し、あらかじめ職務を決めることなく雇用し、本人の希望や能力・会社の事情などに応じて配属先を決める日本型雇用をメンバーシップ雇用といいます。

ちなみに、日本を除く世界の大半の企業では、メンバーシップ雇用ではなくジョブ型雇用が導入されています。

ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の違い

あらかじめ執務する仕事内容を決めた上で採用するジョブ型雇用と、終身雇用や年功序列を前提にその会社の一員となるメンバーシップ型雇用には、以下のようにさまざまな点が異なります。

参照:「ジョブ型雇用とは?メリット・デメリットをメンバーシップ型と比較

メンバーシップ型雇用では、基本的に採用してから教育を行います。しかし、ジョブ型雇用では、会社が特別に教育などを行うことはありません。すでにその職務に対して能力や経験のある人物だけを採用し、その仕事が必要なくなれば解雇します。

ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用のメリット・デメリット

ジョブ型雇用における被雇用者側の最大のメリットは、決められた仕事以外を一切する必要がない事です。「希望をもって入社したのに、まったくやりたくない仕事に就かされてしまった」という事態や「窓際の仕事に追いやられてしまった」というようなことは、ジョブ型雇用にはありません。また、基本的に、自らの意志でない転勤や、残業などもする必要がありません。

反対にジョブ型雇用における被雇用者側のデメリットは、簡単に解雇されてしまう可能性がある点でしょう。自分の能力に関係なく、会社がその仕事を外注などに出すことが決まれば、即解雇です。もちろん、ノルマを達成できなかったり、会社が期待するほどのパフォーマンスが発揮できなかったりすれば、これもまた解雇です。

これに対してメンバーシップ型雇用のメリットは、何と言っても終身雇用と年功序列です。自分で仕事内容を選択する自由をある程度放棄しなければならない点はデメリットですが、クビにはなりませんし、それなりの出世やそれなりの昇給は期待できます。

今でも「できることなら終身雇用と年功序列を続けてもらいたい」と思う日本人は多いと思いますが、残念ながら、好む・好まざるに関わらずジョブ型雇用へのシフトチェンジはすでに始まっています。

どうしてジョブ型雇用に変わらざるを得ないのか

ジョブ型雇用
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ジョブ型雇用に変わらざるを得ない理由は、終身雇用が維持できなくなってきたためです。2019年5月13日の日本自動車工業会の会見で、会長であるトヨタ自動車の豊田章男社長は「なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と話しています。

この背景には、グローバル企業同士のコスト競争の激しさがあります。上場している日本企業の有価証券報告書を見ると、企業が負担している人件費(退職給与引当金を含む)は、他の経費と比べると圧倒的に大きな割合を占めていることが分かります。

海外の企業はジョブ型雇用ですから、利益率を上げるためにこの部分(=人件費)のカットが簡単にできますが、メンバーシップ型の終身雇用では、そう簡単には行きません。

「これでは外国企業と対等に戦う事などとても無理」という声が経営者の中から出てきたとしても、不思議ではありません。

ジョブ型雇用を導入したらどう変わるのか

お金(札束)とミニチュアのビジネスマン
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最後に、ジョブ型雇用を導入した未来について考えてみたいと思います。ジョブ型の未来を予測するために、すでに導入している欧米社会がどのような働き方をしているのかを見てみましょう。

キャリアアップの難しいジョブ型雇用

たとえば銀行を例に考えてみましょう。メンバーシップ型雇用であれば、採用して研修期間が終わると各支店に配属されます。そこで一通りの店内業務を経験させたうえで外回りの営業を始め、融資業務や投資信託の販売など、さまざまな業務を通じて行員に多くの経験を積ませていきます。

これに対してジョブ型雇用では、従業員を教育してスキルを上げていくことは考えられていません。融資業務担当なら融資業務、外為担当なら外為、M&A担当ならM&Aだけをひたすら行い、基本的に他の業務を行うことはありません。

ですから、仕事に慣れてきたら定時に楽々仕事を終わらせることができるようになるかもしれません。しかしキャリアアップのためのトレーニングは職場では望めません。したがって年収は硬直化し、経験年数に応じて給料が上がることもそれ程ありません。

たとえば、「30歳で500万円だった年収が50歳でも550万円」という具合です。これは日本人にとっては不思議かもしれませんが、よく考えれば「同一労働・同一賃金」がジョブ型の大原則なのですから、勤務年数が賃金に反映される方が変なわけです。

労働階層の完全二極化

ジョブ型雇用のもう一つの特徴が、労働階層の二極化です。欧米の労働者は、圧倒的大多数のジョブ型労働者と、ごく一部のエリートとに完全に二極化しており、この二つの層での行き来は現実にはほとんどありません。

上述のジョブ型労働者層に対し、激務をこなすエリート層の典型が、米国のドラマなどで活躍するエリートたちです。日本版を織田裕二さんが主演して話題となった「SUITS/スーツ」の主人公ハーヴィーはマンハッタンに住む敏腕弁護士で、大手一流法律事務所に勤めています。そこでは誰もが毎朝7時半には出社し、退社は早くて21時。一年間の労働日数は360日以上という激務っぷりです。

「それはドラマの中だけの話」と思われるかもしれませんが、私の知る限り、ジョブ型雇用を取り入れている外資系企業のエリート社員の働き方は、だいたいどこもこれと似たようなものです。

ジョブ型雇用を導入した企業が儲かる仕組み

ジョブ型雇用を導入している外資系企業が儲かる理由は実に簡単です。日本企業と比べて圧倒的に利益率が高いからです。

では、どうして利益率が高いのかというと、ジョブ型雇用により定期的に社員をふるいにかけ、どんどんクビにしているからというのが大きな理由のひとつでしょう。無駄な人件費を払わなければ、利益率が高くなるのは当たり前です。

「高い給料で優秀な社員を雇う」→「優秀な社員が優秀な営業成績や優秀な製品を作る」→「優秀な社員の中から超優秀な社員だけを残す」→「さらに利益率が高くなる」→「高い給料で優秀な社員を雇う」、この無限ループです。

日本でも、外資系コンサル会社の大手であれば新卒初年度で1000万円を超えるところもあるそうですが、あの働き方を考えればそれも当然だろうと思います。

終わりに

企業の国際競争力を高めるためには、ジョブ型雇用の導入は避けることができないでしょう。遅かれ早かれ大半の企業が、この制度を導入することになるはずです。しかし、すでに導入している欧米(とりわけ欧州)では、労働者の二極化が進んでいます。

階級社会が根付いていた欧米では、社会が階層化していくことに対する抵抗はあまりなかったのかもしれませんが、果たして日本ではどうでしょうか?

私見ですが、欧米版のジョブ型雇用を日本にそのまま導入するのは、文化的に難しいのではないだろうかと考えています。その代わりとして、日本社会に即した、新しいタイプのジョブ型雇用が生まれることを期待しています。