趣味人File#02「『建て書き』鑑賞 20万円」
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趣味へかける情熱や時間は、人生をより豊かにしてくれる。そんな夢中になる物事の対象は、意外なところに転がっているものだ。今回は普段の生活シーンで多々見かける“あるもの”を発掘し、鑑賞する男性にクローズアップ。少しのお金で人生を豊かにするアイデアを伺ってみた。
今回の趣味人:建て書き鑑賞家・yoriyoriさん
「建て書き鑑賞家」とは
「建て書き」を一言で表すと、建築の物件名称表示部分。建物に○○ビル、○○マンションなどと書かれていますが、その部分です。
自分の中の評価ポイントがいくつかあり、まずは「書体」ですね。書体そのものがかっこいい、かわいいなど注目点があるかどうか。そして建て書きの「周辺環境」も重要。壁のデザインや配置バランスも写真に残す際に“絵”となります。福岡市内を中心に、全国各地で鑑賞しています。
あとは「ネーミング」。例えば「世界文化ビル」なんかは壮大な名前で心くすぐりますし、「マンショーン勝之」もなぜ「ショーン」って伸ばしたんだろうと引っかかります(笑)。
最後に「状態」も評価ポイントです。たまに建物の劣化により建て書きの一部が剥がれて、「ビル」が「ヒル」になっていたりするんですけど、そんなツッコミどころも好感度に繋がります。
いいなと思った建て書きは、一眼レフやスマホで撮影し、ハードディスクに撮影年、都市別に保存しています。SNSの投稿では真正面から見えるように水平・垂直にこだわって撮影。その方がアーカイブで並べたときに整って見えますから。
「建て書き」を見いだしたきっかけ
大学で都市、建築分野を専攻していて、名建築を見て回ることが趣味でした。2012年当時、書籍・Webメディア・SNSなどを通して様々な都市鑑賞のカテゴリーがあることや、全国のいろんな都市鑑賞者を紹介していた写真家の大山顕さんに感化され、都市鑑賞のおもしろさを知りました。以前から建築名の表記部分に興味を持っていたので、僕も本格的に記録写真を収集しようというきっかけになりましたね。
建築名の表記部分の呼び方って、“看板”“ビルサイン”“建築名称板”……などさまざま。曖昧なものだからこそ、都市鑑賞の中のひとつのカテゴリーとして「建て書き」を提示したかったんです。それで「建て書き」とくくり、自発的に呼ぶようにしました。ネーミングは端的に、そして耳障りがいいようになど、実はこだわって考えました。
「建て書き」のここがおもしろい
例えば、街なかの商業看板や道路標識は、既存の書体やフォーマットで統一されているので似たデザインをたくさん見かけますよね。しかし建て書きは、建物によって名称から書体、デザイン、佇まいまで異なり、一軒ごとに個性が見られるのがおもしろいんです。
僕が一番魅力を感じるのは1960~70年代の建て書きで、看板職人さんが1点1点、その建物に合わせて作り上げたもの。職人さんのこだわりを感じさせるデザインがなされていたり、ビルオーナーの趣味嗜好が反映されていたり、それぞれの個性が色濃く出ているんです。逆に今の時代の建て書きは、カタログからセミオーダーで発注されることがほとんどなので、個性が薄れている印象。もしかすると数十年経ったら、このフォーマットタイプも平成時代の特徴と呼ばれるのかもしれませんね。
「建て書き」に費やしたお金
建て書きは街のいたるところにあり、お気に入りを探しあてて鑑賞すること自体にはお金がかかりません。
別でかかったものをあげると、記録・公開するための機材費ですね。望遠レンズが使える一眼レフカメラや、記録保存用のハードディスク、交通費、参考書代。あと、2016年に発行したZINE(自主制作の小冊子)の費用も合わせて、ここ7年間でざっと20万円くらいでしょうか。
【団地、ピクトグラム、看板など、一つの細かな部分に注目する都市鑑賞者たちの書籍。これらに感化されて、yoriyoriさんも建て書き採集に専心】
忘れられない、印象的な「建て書き 」
建て書きの宿命として、経年劣化により取り外されたり、交換されたりするんです。僕が好きな1960~70年代の古い建物の建て書きもビルの取り壊しや外装リニューアルでだんだん減ってきていて、残念に思います。だからこそ、竣工当時のままの名作を写真に残さないと! 建物全体の写真はあっても、建て書きにフォーカスした写真はなかったりしますから、せめて僕だけでも撮り残していかねばという使命感が生まれています。
愛知県・名古屋駅前の「大名古屋ビルヂング」を撮りに行ったのも、そういう思いから。ネーミングも素晴らしいし、空に浮かぶように掲げられている姿もカッコいいんです。そんな建て書きがビル解体によってなくなると聞いて、これは実際に見て、記録しておかねばという衝動にかられて名古屋へ向かいました。
「建て書き」で失敗したこと
人があまり通らないマニアックな場所に、いい建て書きが隠れているケースがあるんですよ。ところが失敗ケースもあり……、以前たまたま全身黒の格好で小道をウロついていたら、通りかかったパトカーの警察官から職務質問を受けてしまいました(笑)。カメラ内の写真を見せて、不審者じゃないと納得してもらえましたが、これは都市鑑賞者の悲しい“あるある”ですね。「不審者注意」と貼られた電柱を見たら、絶対に疑われないように注意します(笑)。
「建て書き」がきっかけで
「都市鑑賞」という同じジャンルの趣味を持つ人と、県をまたいで交友が広がりました。僕が「建て書き」と掲げるきっかけをくれた“ヤバ景”フォトグラファーの大山顕さんや、“ピクトさん”研究などの活動で知られる内海慶一さんと直接繋がれたことも嬉しくて。拠点も年齢も違う第一人者的な方々と、SNSを通して知り合い、リアル(現実世界)でも交流を持つようになりました。また、電線好きのタレント・石山蓮華さんも同様で、僕のことや建て書きのことをSNS上で知ってくれていたそうで、そこから仲良くなりました。
【Instagram「#都市鑑賞」のアーカイブ。大勢の人が独自の視点で都市鑑賞をしている】
【電線愛好家 石山蓮華さんのInstagram】
今では20代の同世代に看板好き、電線・電柱好き、団地好きなどが増えてきています。僕は建て書きが専門分野ですが、他の子はまた違う部分に注目していて、その話を聞くと自分も探してみたくなるんですよ。なので、お互いにおもしろいスポットを見つけたら「こんなのあったよ」と写真を送り合って盛り上がっています。
何気ない日々も、いろんなところに目を向けるようになって街歩きがより楽しくなりますし、こんな風に些細なところにも面白みを見いだすことで、人生がもっと楽しくなるんじゃないかなと思います。
建て書きHP
建て書き専用 Instagram
yoriyoriさん instagram
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