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認知症で口座凍結!「任意後見制度」や「家族信託」の対策を解説

そなえる 内山 貴博

認知症で口座凍結!「任意後見制度」や「家族信託」の対策を解説

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高齢化が加速している現在の日本では、認知症に罹る高齢者の数もどんどん増えています。このことで起きることの一つに「お金・資産」に関する問題があります。

もし銀行に貯金があっても、所有者本人に判断能力がない状態であれば、銀行口座が凍結され、家族でも簡単に引き出すことができないという事態となるのです。今回は大切な人が認知症になって判断能力に問題が出た場合、どういうことと向き合うことになるのか、万が一に備えてどんな対策が必要なのか。「成年後見制度」や「家族信託」などの対応制度についても見ていきましょう。

認知症の数やそれにまつわるお金の問題がある現状

認知症と聞くと、皆さんそれぞれのイメージがあると思います。親が認知症になった場合、介護が大変になるのではないか?またはいずれ自分自身が認知症になったら?と心配している人もいると思います。

厚生労働省によりますと認知症とは、「いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまう、働きが悪くなるためにさまざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態(およそ6カ月以上継続)」のことです。

日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業)によりますと、2012年時点での認知症の有病者数は462万人で、65歳以上の7人に1人が認知症であるとされています。また、2025年には675万人に、2030年には744万人に達すると推計されています。

認知症の6割以上がアルツハイマー型認知症と言われています。脳内にたまった異常なたんぱく質により神経細胞が破壊されることで、昔のことはよく覚えているのですが、最近のことを忘れてしまうのが特徴です。軽度の物忘れから徐々に進行し、やがて時間や場所の感覚がなくなっていきます。(厚生労働省老健局資料より)

親が認知症になったら家族でもお金を引き出せない?

ATMでお金が引き出せず困る老人
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認知症になり、症状が進行した場合は、銀行取引などを正確な判断で行うことができない状態にあるとみなされます。そこで家族が代わりにお金を引き出すという発想になりがちですが、実は家族とはいえ、簡単に本人のお金を引き出すことはできません。

なぜなら、本人が引き出したいという意思表示を示して「あれが買いたいから〇万円引き出してきて」と、通帳とATMカードを家族に渡し、パスワードも教えてくれれば家族でも引き出しは可能ですが、症状が進行している場合、こういった意思表示も困難な状態にあると考えられるからです。

本人に委任状を書いてもらい、家族が代わりに銀行へ出向くという方法もありますが、認知症の場合、本人が自分の名前を記入できない状況も少なくありません。
このように本人が自らお金を引き出したいという意思を銀行に伝えることができない以上、家族でもお金を引き出すことはできないのです。

銀行はなぜわかる?口座凍結のタイミングは?

具体的にいつ、どのような状況で口座が凍結されるといった決まりはなく、銀行側の判断によるところが大きいと言えます。

例えば、認知症の人が銀行に出向き、何度もパスワードを間違えるといったことをきっかけに行員が認知症だと気付き、凍結されることがあるようです。
また、家族が認知症の本人を同席させ、「施設に入所させたいので、そのお金を引き出したい」と銀行に出向くことで明らかになる場合もあります。

口座凍結時に家族がお金を引き出させる「成年後見制度」とは

口座凍結となった場合は「成年後見人を立てる」ことが引き出す方法の1つとなります。これが成年後見制度です。

成年後見人とは「後見・保佐・補助」という法定後見制度の1つで、認知症となった本人の代理権を有する人のことをい、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状況にあること」つまり、自分で財布の管理ができないような状態であることが開始の要件となります。
法的手続きを経て、成年後見人を定めることで、ようやく銀行からお金を引き出すことができるのです。
成年後見人は認知症となった人の代理人、保護者という位置づけになります。なお、この場合、成年後見が必要となった本人のことを成年被後見人と言います。


※成年後見制度、成年後見制度登記パンフレット(法務省民事局)より抜粋

ただし、成年後見人になったからと言って簡単に引き出せるというわけではありません。成年後見制度とはあくまで本人の生活に必要なお金の管理を代理で行うという位置づけです。つまり定期預金を解約して株式投資に回した方が良いのでは?といった成年後見人の判断で認知症患者のお金を自由に使うことはできません。

成年後見制度の条件・申請手続き方法

通常は配偶者や4親等内の親族などが申立人となり、家庭裁判所に申し立てることから手続きが始まります。身内がいない場合などは市町村長なども申し立てを行うことができます。その後2つの観点から調査が進められます。

1つは本人の判断能力など医学的な見地から後見制度が必要かどうかという点です。もう1つは成年後見候補者が適任者かどうかという点です。
最終的には家庭裁判所の審判が下されることになり、その結果が申立人と選ばれた成年後見人に伝えられることになります。

では、どういった人が成年後見人になれるのでしょうか。条件として特別な資格は必要ありません。親族が成年後見人になることもできますが、一般的には弁護士など専門家が選定されます。また、法人が後見人になることもできます。基準は、その本人にとって誰が後見人になるのが適しているかということで判断されます。

この一連の手続きには数カ月程度かかります。その間は本人の銀行口座からお金を引き出すことはできません。
本人の世話、介護、医療費など何かとお金がかかる中で、その本人のお金を使うことができないという状況がしばらく続くことになるのです。

親はまだ認知症ではないけれど、将来に備えてできることは?

ここまで認知症になった場合について見てきましたが、認知症になる前にできることはないでしょうか。きっと「今はまだ大丈夫だけど、これからが心配」という高齢の方や、その身内の方も多くいると思います。

まずは親や身内がどのような口座を持ち、どのような保険に入り、資産運用を行っているかということを整理しておく、家族で話す機会を設けるということができるでしょう。

それを踏まえ、制度の利用を考えた場合、「任意後見制度」が1つの候補となります。先ほど紹介した法定後見制度と同様の制度です。ただし「法定」ではなく「任意」となります。つまり、判断能力があるうちに、自分の意思で後見人をあらかじめ定めておくのです。親族はじめ自分が一番信頼できる人を後見人として希望することができます。具体的にどのような支援をしてもらいたいかといった内容も決めて契約を結ぶことになります。

それから「家族信託」という方法もあります。「信託」とは文字通り「信じて託す」ということです。家族信託を初めて聞いたという人も多いと思いますが、「投資信託」であれば聞いたことがあるのではないでしょうか?

文字通りどちらも同じ「信託」です。投資信託の場合、投資家がファンドマネージャーなど運用担当者や運用会社を信じてお金を託します。そして託された側は、そのお金をきちんと管理し、運用します。この「運用する」というのが信託のポイントです。

成年後見制度では本人のためにお金を「管理する」のが役割となります。生活を維持するために必要なお金を引き出すことはできますが、あえてお金が減ってしまうようなことはできません。先ほど述べたように、定期預金より株式にした方が本人のためになると思ってもできませんし、本人よりもお子さんに資金を贈与した方が良いと感じても、勝手に贈与することもできません。

加えて、成年後見制度では相続税対策を行うことも難しくなりますす。

高齢で認知症となれば、近い将来、相続が発生する可能性があります。本人が資産家であれば、相続が発生することによって遺族が高額の相続税を負担する場合もあり、それを抑えるために生前に相続税対策を行うことがあります。

対策にはさまざまな方法がありますが、概して資産を少なくしていくことで相続税を軽減していきます。ということは、お分かりのように後見人は資産があえて減るようなことはできないため、相続税対策ができません。後見制度はこのように原則、積極的な財産の運用や処分ができないのです。

成年後見制度より使い勝手が良い?「家族信託」

相続
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一方、家族信託はそのあたりが柔軟で、管理だけでなく運用もできるため、託され「受託者」が不動産の売却や贈与なども行うことができます。

簡潔にまとめますと「管理」が後見制度で「管理と運用」が家族信託ということになります。少し分かりにくいので賃貸不動産を有しているケースで事例を紹介しましょう。

80歳のAさんが10室ある賃貸アパートを有しており、家賃収入を得ていたとします。
Aさんには息子のBさんがいます。Aさんが認知症になり判断能力がつかなくなった後も、家賃収入は安定的に入ってきますが、この収入がずっと続くとは限りません。アパートが古くなって修繕や建て替えを検討した方が良い場合など、さまざまなケースが想定されます。

これらの意思決定や手続きをBさんが行えるようにするのが家族信託です。後見制度ではこれらはできないのです。

ここで家族信託について整理します。

<家族信託とは>
一定の目的に従って、誰か(委託者)の財産を信頼できる人(受託者)が、誰かのため(受益者)に運用や管理を行うこと

Aさんのことを「委託者」と言います。Bさんは「受託者」となります。また、息子Bさんが的確に対応したことで引き続き安定的に賃料収入が入ってきたとします。あるいは適した時期に売却できたことで売却代金が入ってきたとします。これらはすべてAさんに帰属します。BさんがAさんから託されて行っているためです。よって、この場合、Aさんは「受益者」でもあります。

先の例では委託者と受益者がどちらもAさんでしたが、それぞれが別の人になることも考えられます。例えば、「自分が認知症になっても、かわいい孫の教育費など定期的にサポートを続けたい。でも、孫はまだお金の管理ができない」こういったケースです。この場合、誰かに「孫のために自分の財産を管理してほしい」という信託契約を結ぶことができます。

このように、家族信託は成年後見制度と比べて自由度があり、使い勝手も良いのですが、平成19年に始まった新しい制度ということもあり、まだ詳しい専門家が少ないというのが実情です。今後、さまざまな活用事例が出てくると、家族信託も普及していくと思われます。

FPがアドバイスしたい、これからの認知症対策

筆者のようなファイナンシャルプランナーは、将来のお金のこととして、保険や住宅ローンの見直し、老後資金準備に関する相談を多く受けます。一方で、「自分や家族が認知症になったら?」ということを考えている人はまだ少ないように感じます。
ただし、実際に介護をする側で認知症と向き合ったことがある人はやはり意識が高く、認知症になった場合についてどのような方法があるか入念に準備をされています。

ちなみに、もうひとつ信託の方法として、生命保険の契約も保険会社に信託することができます。残された家族のためにと生命保険に入っても、受取人が小さい子供の場合や、受取人自身が認知症という場合は、せっかくの保険金も上手に活かされない可能性があります。

この場合、保険会社を受託者にし、契約者を委託者とすれば、契約者自身の思いを託すことができます。受託された保険会社が受取人のために管理してくれるため、大切な保険を上手に活用することになります。対応できる保険会社も増えていますので、契約前に確認してみてください。

まとめ

 ・高齢化社会の日本、今後ますます認知症の有病者数は増えていくことが見込まれている
 ・認知症になると介護という問題に加え、金銭面での問題、手続き上の負担が大きい
 ・成年後見制度や家族信託を理解し、元気で判断能力があるうちから準備をしておきたい

誰しも身近な人や自分が認知症になった場合のことを考えたくはないですよね。ずっと元気で、いつまでも当たり前のように何でも自分で判断できると思ってしまいます。

では今から何ができるのか?若い人達は、例えば実家の親御さんに電話をかけて声を聞くだけでも1つの立派な行動ではないでしょうか?何気ない会話を重ねることが、それぞれの人生観を聞き出すことにもつながりそうです。そういった会話の行きつく先が「家族信託について調べておこうか?」となれば、お互いにとって将来の安心材料になりそうです。
最近は、メールやスタンプを送ることはあっても電話をする機会がすっかり減りました。この後、久しぶりに実家に電話をしてみたいと思います。

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成年後見制度についてのQ&A

Q.成年後見人に与えられる代理権はどこまでの範囲でしょうか?

A.後見制度の場合、代理権の付与の対象は財産に関するすべての法律行為となります。よって、銀行口座のみならずすべての財産において、後見人が判断し、処分などを行うことができます。家庭裁判所の許可が必要となりますが本人の不動産を売却することも可能となります。

Q.日常生活自立支援事業というのはどのような事業なのでしょうか?

A.認知症の人に限らず、自身の判断に不安がある人が利用できる福祉サービスです。社会福祉協議会が窓口となり、生活支援員が銀行通帳を安全な場所で預かる他、日々の必要なお金の出し入れなども手伝ってくれます。後見人のように代理権を有し代わりに意思決定するという位置づけではなく、あくまで本人の生活をサポートするもので、利用には一定のサービス料がかかります。