「給付金は後世に借金を残す」は本当か検証してみた
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監修・ライター
2021年1月22日の記者会見で麻生財務大臣は、10万円の「特別定額給付金」の再支給を求める声に対して「定額給付金は借金(国債)でやっている。後世の借金をさらに増やすのか。」と再支給を改めて否定しました。
大臣の意見には「なるほど」と思えなくもありませんが、果たしてこれは本当なのでしょうか?給付金を出したら後世に借金が残り、大変なことになってしまうのでしょうか?
そこで本日は、政府が国民に給付金を出したら本当に後世に借金が残るのかどうかを検証してみたいと思います。
そもそも特別定額給付金の効果はどうだったのか?
政府は給付金を支給した当初、総額12.8兆円の給付金のうち55%が消費に回り、7.1兆円ほどの経済効果を生むと試算していました。しかし、同年10月に麻生大臣は「貯金は増えたが消費を押し上げる効果は薄かった」と発言しています。
実際に、第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは、「2020年6月までの政府統計から試算すると消費の押上効果は給付金の合計額に対して2割程度である。」と述べています。
つまり、「給付金には一定の効果はあったものの、思った程ではなかった」というのが政府と民間の共通した認識のようです。
2回目の給付金はあるのか?
では、果たして2回目の給付金はあるのでしょうか?あるかもしれませんが、残念ながら1回目と同じような配り方にはならないでしょう。
1回目の給付金は給付の効果よりも迅速さを優先したため、誰にでも一律で10万円を給付しました。その結果、困っていない人に給付された10万円は貯金に回り、本当に困った人に支給された10万円はあっという間になくなってしまいました。
しかし、1回目の給付金支給時とは違い、新型コロナウイルスの影響で収益の上がっている業種とそうでない業種がはっきりと分かってきたため、仮に2度目があるとしても、恐らくピンポイントで不況業種に対して行われるだろうと予想されます。
このように、給付金の効果は残念ながら今のところ限定的なもので終わってしまいましたが、果たしてこれで後世に借金を残すことになってしまったのでしょうか?
「国の借金」とは何か?
皆さんが普段からよく耳にする「国の借金」とは、そもそも何を意味しているのでしょうか?
「国の借金」に該当する言葉は外国には存在しない
「国の借金」という言葉を外国語に翻訳しようとしても、それに対応する言葉や概念は、実は外国にはありません。近い言葉があるとすれば、英語では「government debt(政府の負債)」がそれに相当します。
実際に国債を引き受けている日本銀行のHPを覗いてみても、「国の借金」ではなく「政府債務」と書かれています。このことからも分かるように、そもそも「国の借金」は存在しません(ただし財務省のHPには「国の借金」と明記されています)。
国が破たんするとどうなるのか?
国債の返済ができなくなると、国家は破たんします。破たんするとどうなるのかイメージがわきにくいかもしれませんが、世界規模でみると国家破たん(デフォルト)はそれ程珍しい事ではありません。
たとえば、2020年の5月22日にアルゼンチンは1816年の建国以来9度目(ちなみに8度目は2014年)のデフォルトを起こしました。発行していたグローバル債の支払いができなかったためです。
アルゼンチンがデフォルトを起こすと、アルゼンチン債を持っていた投資家などが損害を被ることになりますが、もちろんアルゼンチン国民も無傷で済むわけではありません。現に2002年にアルゼンチンがデフォルトを起こした時には、ひどい不況や極端なインフレに見舞われ、貧困は拡大し、失業者が増大してしまいました。
この例で分かるように、「国の借金」とは正しくは「政府の借金」のことを指し、国民とは何の関係もありませんが、国家が一旦デフォルトしてしまうと、その国で暮らしている人たちにも大きな影響を及ぼすことになります。
デフォルトが起こり得ない日本国債の仕組み
国家が破たんすると、国民は自分たちがお金を借りたわけでもないのにその煽りを受けることになります。ではどうなると、国家が破たんするのでしょうか?
アルゼンチンのケース
今回アルゼンチンが破たんしたケースでは、ドル建てのグローバル債の支払いができなかったことがデフォルトの原因となりました。政府が保有している外貨をかき集めても、支払額に足りなかったのです。
では、このグローバル債がアルゼンチンペソ建てだったらどうだったでしょうか?恐らくデフォルトは起きなかったでしょう。アルゼンチン政府が発行した新規国債をアルゼンチンの中央銀行が買い取り、その支払いを新たに刷ったペソで支払えば、アルゼンチン政府はペソ建てのグローバル債の支払いが可能になるからです。
日本のケース
アルゼンチンの経済力にはそこまでの信用力がないため、発行する国債はドル建てでないと売れませんが、日本国債は、100%日本円建てで発行されています。つまり、国債償還時の支払いも日本円でいいわけです。
ですから、円建てで国債を発行し続けている限り、日本がデフォルトを起こすことはあり得ません。ちなみに、国債の発行残高が増えれば利払いも増えていきますが、これも全く問題ありません。なぜなら日本政府が日銀にどれだけ金利を支払っても、日本銀行が得た利益は最終的にすべて国庫へ返納されるためです(日銀法第53条)。
国債の発行残高が増え続けるとどうなるのか?
日本の国債のGDPに対する発行残高は、他の先進国と比べると飛び抜けて多い数字となっています。下図をご覧ください。
引用元:財務省HP(https://www.mof.go.jp/zaisei/current-situation/situation-comparison.html)
日本の国債の残高は対GDP比で見ると、とんでもないことになっています。しかしこの表にはカラクリがあります。実は、日本は30年連続で世界1位の対外純資産国であり、第2位のドイツと比べても1.5倍ほどあり、アメリカ・イギリス・フランスに至っては、対外純資産はマイナスになっています。
つまり、日本は対GDP比で見ると他国と比べて国債発行残高は多いものの、対外純資産が他国とは比べものにならないほど多いため、特に何の問題も起きていないわけです。その証拠に、日本国債の金利は極めて低い水準で推移しています。
そもそも、経済規模が大きくなると必然的に借入金などの負債も増えていきます。これは、資本主義が借金を前提にした経済モデルだからです。たとえば日本を代表するトヨタ自動車などの大企業も債務残高は増え続けていますが、株価は堅調に推移し続けています。
つまり、国債の発行残高が増えていくことだけを切り取って「危ない」「危なくない」と論じるのは何の意味もないということです。
では国債を無尽蔵に発行しても大丈夫なのか?
上述のように、円建てで日本国債を発行している限りデフォルトはまず起こりません。それでは無尽蔵に、たとえば1000兆円ほど新規国債を発行したとしても、何の問題も起きないのでしょうか?
急激なインフレが起きる
もし、日本銀行が1000兆円の新規国債を買い入れたとしたら、間違いなく急激なインフレが起きるでしょう。ひょっとしたらコーヒー1杯で3000円くらいの値段になるかもしれません。世の中の「物の量」に対して「お金の量」が極端に増えすぎてしまうため、お金の価値が減ってしまうからです。
インフレが起きると通貨の価値が下がるため、円安が起こりやすくなります。円安は海外へ物を販売する分には良いのですが、材料や食料品などを輸入に頼っている日本にとっては物価の高騰を招くので、決して良いことではありません。
また、物価の上昇にともなって給料が増えれば良いのですが、恐らく国内需要が冷え込むでしょうから、それでは給料が上がることは望めないでしょう。
一般的には、年間2%程度のゆるやかなインフレ率が理想的だと言われています。なぜならゆるやかなインフレが起こると、その利率分だけお金の価値が目減りしてしまうため、企業や家庭で眠っているお金は投資へ回るからです。
これが世の中を動かし、好景気を循環させる素となるわけです。しかし、急激なインフレはこれとは逆で、国内景気が冷え込む結果を招くことになります。
ではどうすれば良いのか
好景気の循環を生む適度なインフレ率のコントロールは、日銀と政府が協力して行うしかありません。インフレ率を横目で見ながら、日銀と政府は国債を発行して市中に流れるお金の量をコントロールするわけです。
これは、アクセルの反応がものすごく悪い車を運転するようなものですから、運転するのは容易ではありません。今の日本を見れば分かるように、国債をある程度発行したところでインフレ率は簡単に上がりません。しかし、アクセルを吹かし過ぎてしまうと、ある水準を超えたところでいきなりものすごいインフレ率となり、最悪の場合制御不能に陥ってしまいます。
マクロ経済の算式を駆使して精密な計算ができれば良いのですが、残念ながらこれは、数学でなく人の手で解決するしかありません。
給付金は後世に借金を残す?
給付金の原資である国債は政府の負債ですから、今も将来も国民がこれを背負うことはありません。おまけに日本国債は円建てで発行されているため、デフォルトが起こる心配も今のところありません。
したがって給付金を国債で賄ったとしても「後世(の子孫)に借金を残す」ことはありませんが、国債を発行し過ぎてしまうと、後世に急激なインフレを起こす可能性は残すことになってしまいます。そうならないように、私たちは政府の経済対策を注意深く見守らなければなりません。