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オリンピックは、人類最大の発明品か!?

「お金0.2から2.0まで」新しい経済のルールと生き方を考える 中村修治

オリンピックは、人類最大の発明品か!?

【画像出典元】「stock.adobe.com/sakura」

聖火リレーがはじまっちゃったよ!?東京五輪は、ホントに開催されるの!?新型コロナウイルスは変異して、またまた、感染が広がっている。海外への渡航が制限される中、大国間の分断が顕著になる。なんともキナ臭い。

こんな時勢を、ワタシ(中村修治)ごときが何かできるわけでもないけれど・・・東京五輪を前に、これだけは、言い残しておきたい!!

戦争が生み出した発明品の数々!!

『戦争は科学を飛躍的に発達させるが、平和なスイスでは鳩時計しか生み出さなかった』は、映画「第三の男」の中の台詞である。たくさんの戦争とたくさんの発明は、皮肉なことに比例している。戦争に勝つために開発された技術が、豊かな暮らしを支えているという論は、その事例を並べてみると納得せざるをえない。

パソコン+インターネット
コンピュータは、複雑なミサイル等の弾道計算を瞬時に行うために開発された。「コンピューター=計算機」と呼ばれていたのは、そのせいだ。さらに暗号解読の為に発展し、指揮命令系統の寸断防止のために開発されたアーパネットがインターネット技術へと発展した。

デジタルカメラ
フィルムを使用しない高度撮影用のスパイ衛星のCCDカメラと電子メモリー技術が合わさって民間のデジタルカメラになった。

レトルト+フリーズドライ食品
おいしくて、栄養価も高くて、さらに長期保存できる。兵士用の携行できる長期保存食開発の技術が利用された。

電子レンジ
電子レンジは兵器開発の途中で偶然生まれた物で、レーダー波発生用マグネトロン真空管を調理用に応用してできたものとある。発明者はアメリカ合衆国のレイセオン社の社員でレーダー設備設置技師パーシー・スペンサー が、ポケットの中の食べかけのピーナッツ・クラスター・バーが溶けていたことから、マイクロ通信波が調理に使用可能であることが判明したとされる。

携帯電話
アメリカの携帯電話会社として知られているモトローラ社は、軍事用無線機メーカーとしても有名。軍用のトランシーバーや無線機の技術から、携帯電話は、生まれたのだ。

鉛筆+ボールペン
鉛筆は、ナポレオンのエジプト遠征のときにどこでも書けるように。ボールペンは、高空を飛ぶ飛行機の中で円滑に書ける筆記具として開発された。

カーナビ
GPSや車速パルス、ジャイロなどの自律航法装置を利用して、飛行機や艦船の位置を知る為の軍事技術であったものが民需に転用されたもの。

戦争は、設備投資なしに、武器等の大量の消費を生み出す。世界的な大義名分があればお金が集まる。兵士になる=大量の雇用機会を創造する。武器で壊した街には、また資本がつぎ込まれ生産が生まれる。戦争は、景気対策、デフレ対策には、もって来い。前述のような技術革新の機会にもなる。

でも、しかしだよ!?

ここまでが、最後の不況対策を「戦争」だという論の最低限の知識だろう。そして、人類の最大の発明は「誰にも終わらせられない戦争」なんだよ!?なんてビールをひっかけながら発言してみると、それらしくなる。きっと。そんなもん、昭和のおっさんたちの戯言である。

作家の村上春樹さんは、イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」の授賞式でこんな講演をされた。そのスピーチ全文の最後は、こう締められている。

『ぼくら人なるものはすべて、個々の、脆弱な卵なのです。壁に逆らうことなどかないません……それはあまりに高く、陰気で、冷ややかなのですから。ぬくもりや強さを求めて魂をひとつにする、ぼくらはそうやって壁と戦うよりほかないのです。決してぼくらを、システムのコントロールに――ぼくらがつくったものに 委ねてはなりません。ほかならぬぼくらが、そのシステムをつくったのですから。
みなさんに、ぼくの本を読んでくれているイスラエルの人たちに感謝します。願わくば、ぼくらがなにがしか有意義なものを分かち合えますように。ぼくがここにいるのは、ほかでもないあなたたちのおかげなのですから』

酒を飲んで「もう戦争しかないね」なんてコロナ対策を吹聴している場合ではない。恥ずかしい。「戦争」というシステムに経済や豊かさを委ねない、そんな「卵」なりの在り方を議論できる自分でありたいと思う。

オリンピックは、平和の方が儲かる仕組み!!

・・・だからと言って、人類に必要な最大の発明は「平和の方が儲かる仕組み」であるべきだとすると、資本主義の社会こそが最大の発明品になる。人口が集中する大都市というのも、人類の発明品だ。そして、4年に1度開催される世界のお祭り「オリンピック」も、大国間の戦争のない世界に生まれた発明品だと言える。

東京五輪は、東日本大震災からの復興を願うことをテーマとしてその招致を獲得した。それが、いつのまにやら「コロナウィルスに人類が打ち勝った証」へと変わった。

まぁ、どっちでも良いのだけど・・・資本主義の論理と政局の匂いしかしない。そもそも「平和の祭典」でなかったのか!?全世界で「平和」を考える機会ではなかったのか!?

資本主義そのものが「平和の方が儲かる仕組み」である。
その象徴が、オリンピックである。
いま、ここに影が落とされている。

人類の最大の発明は、「平和そのもの」なのだ。
こころの底から、願う。
戦争を知らない世代に託された役割だと、思う。