「5年前みなし繰り下げ」年金制度開始、結局何歳で受け取るべき?
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2022年4月より、年金の繰り上げ受給をする際の減額率が0.5%から0.4%となり、繰り下げできる年齢が70歳から75歳になりました。また2023年4月より「5年前みなし繰り下げ」という制度も始まります。こういった一連の流れもあり、ますます「繰り上げと繰り下げどちらが有利なの?」と考える人が増えそうです。今回は、「5年前みなし繰り下げ」について確認しながら、年金の受給年齢をどう考えるべきなのか?一緒に考えていきましょう。
老齢年金の受給は原則65歳から
私たちの年金制度は2階建てといわれます。1階は自営業や会社員など働き方に関わらず20歳になると加入する国民年金(基礎年金)。2階部分は会社員や公務員が加入する厚生年金。65歳から1階建て部分が「老齢基礎年金」、2階建て部分が「老齢厚生年金」となり、私たちは年金を受給することができます。
繰り上げ受給のルールは?
繰り上げ受給とは、「65歳より前に年金をもらいたい」といった人が1カ月単位で繰り上げて受給できる制度です。最大60カ月、つまり5年早い60歳から受給できますが、1カ月あたりの減額率が0.4%であるため、60カ月×0.4%=24%減額され、その年金額と一生付き合うことになります。
なお、2022年4月時点で既に60歳に達している人は従前の減額率0.5%が適用されます。繰り上げ受給の場合、「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」同時に繰り上げることになるため、一方だけ繰り上げることはできません。
繰り上げ受給のメリットとデメリットは
繰り上げ受給は、以下のようなメリット・デメリットが考えられます。
<メリット>
・収入が少ない期間をカバーできる
・早めに受給して運用することもできる
<デメリット>
・年金額が減額される
・障害年金が受給できない
繰り上げることで年金額が減るため、その点はデメリットです。また老齢年金を繰り上げ受給すると、その後、障害年金の給付事由に該当しても受給することができないなど、障害年金や遺族年金まで視野に入れると不利な状況になることも考えられます。
ただし60歳以降、大幅に収入が減って生活が苦しい状況になれば「背に腹は代えられぬ」ということで、早めに年金を受給できるのは経済的にも、そして精神的にもとても助かります。また、株や投資信託など資産運用が得意な人は早めに受給し、減額分以上の運用成果を出すことが期待できると考える人もいるようです。ただし、「損して得とれ」となるかどうかはその人の運用次第ですね。
繰り下げ受給のルールは?
繰り下げ受給の場合、繰り上げ受給とは逆に「今のところ年金は必要ないので先送りしたい」といった人が最大75歳まで受給開始を遅らせられる制度です。この場合、1カ月あたり0.7%増額されますので、75歳(120月)まで繰り下げた場合は120カ月×0.7%=84 %増額となります。
なお、75歳までの繰り下げは2022年4月以降に70歳を迎える人が対象です。1952年4月1日以前生まれの人は70歳までしか繰下げできません。繰り下げ受給は「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」同時に繰り下げる必要はなく、状況などに応じて片方は受給し、もう片方を繰り下げるといったことも可能です。
繰り下げ受給のメリットとデメリットは
繰り下げ受給のメリットとデメリットは以下が考えられます。
<メリット>
・年金額が増額される
・増額となった年金を生涯受給できる
<デメリット>
・早く亡くなると年金が受給できない
・税金や社会保険料が負担増となる場合も
受給開始を繰り下げることで1カ月あたり0.7%も増額され、その増額された年金額を一生受け取れるのは大きなメリットです。一方、早く亡くなってしまうと、結果として「繰り下げなければよかった」ということになりますし、繰り下げにより年金額が増加することで税金や社会保険料の負担も増え、手取りで見るとそれほど差がなかったと感じる人もいるようです。「できるだけ先送りして、年金額を増やすぞ」と考えたくなりますが、デメリットまで踏まえた上で慎重に判断したいですね。
繰り上げ、繰り下げ受給について2022年4月改正点のおさらい
ここまで年金の繰り上げと繰り下げについて紹介しましたが、2022年4月から大きく変わった点を改めて確認します。
<繰り上げ>
減額率が0.5%から0.4%に。2022年4月時点で60歳未満の人が対象
<繰り下げ>
繰り下げ期間が最大70歳から75歳に。2022年4月時点で70歳未満の人が対象
繰り上げは減額率が下がり、繰り下げはこれまでより5年間長くなって75歳まで繰り下げることができるようになります。ただし、いずれも2022年4月時点で繰り上げ・繰り下げの節目となる年齢に到達していない人が対象となります。つまり、2022年4月時点の年齢が61歳で既に繰り上げ受給している人が「0.5%の減額ではなく0.4%の減額率で計算しなおしてほしい」といっても残念ながら適用はされません。従来の減額率のまま年金額が計算されることになります。
年金は請求しなければ時効となる!?時効と繰り下げ受給の関係
年金は65歳に達すると自動的に受給できるものではありません。法律に以下のように定めてあります。
国民年金法第16条(一部抜粋)
給付を受ける権利は、その権利を有する者の請求に基いて、厚生労働大臣が裁定する。
国民年金法第102条(一部抜粋)
年金給付を受ける権利は、その支給事由が生じた日から5年を経過した時は、時効によって、消滅する。
自ら請求することが大前提で、5年経過するともらえなくなるのです。逆に言えば、5年以内であれば遡って受給することができます。なお、年金受給の手続きのことを「裁定請求」といいます。
例えば68歳まで年金を受給していなかった場合、その時点で手続きを行えば、時効である5年を経過していないため、65歳から68歳まで本来受給できた年金額を全額もらうことができます。ただし、この場合、「本来65歳からもらいたかったのに、68歳まで裁定請求をすっかり忘れていた」という位置づけとなるため「65歳から年金を受給している人」と同じ扱いになります。つまり「68歳まで繰り下げた」ということにはならないのです。これを踏まえると68歳で年金を受給する場合、選択肢は2つです。
① 受給していない3年分を請求する。68歳以降も本来の年金額を受給する
② 繰り下げ受給を申し出る。3年間(36カ月)繰り下げたため、0.7%×36カ月=25.2%増加した年金を今後受給する
このように今まで受給しなかった分をもらうか、それまでの分は受給せず、繰り下げ受給として一定額増加された年金額を受給するかのいずれかとなります。皆さんがこの立場だとしたら、どうしますか?私ならその時の健康状況によって判断すると思います。
「大きな病気もしていないし、まだまだ90歳、100歳と元気に長生きするぞ。長く付き合う年金だから繰り下げ受給で増加した分をこれから受給しよう」と考える人もいるでしょう。または「現在持病もあり通院中。そんなに長生きできないかもしれない。受給額が増加しても何年ももらえないかも。よし、受給していなかった3年間分を請求しよう」と思う人もいるはずです。
いかがでしょうか?より具体的にイメージしてもらえたのではないでしょうか。できれば68歳の時に前者のような自分でありたいと思っています。
繰り下げが70歳から75歳へ。「5年遡る+繰り下げ」のパターンはできる?
2022年4月より年金の繰り下げが最大75歳までできるようになりました。すると先に紹介しました時効との関係で、こういったケースが想定されます。
年齢73歳。仕事を続けてきたこともあり、これまで年金は受給していない。今回、仕事を辞めたことで年金受給の手続きをすることに・・・。
「8年間も繰り下げてきた。随分と年金額が増えているだろう」
「でも、年金の請求は時効が5年と聞いたことがある。68歳まで遡って5年分もらうこともできるようだ」
「68歳まで遡っても既に65歳から3年経過しているからその分増額されないのだろうか?」
このケース、分かりますか?
今まで繰り下げは最大70歳までだったため、70歳から5年遡ると65歳。つまりちょうど年金を受給開始する年齢と一致します。つまり「繰り下げ受給として増額するのか?それまでの分をもらうのか?」のシンプルな2択でした。
ただし、今後は繰り下げが最大75歳となったことで、上のケースのように、5年遡った時点が68歳で、既に繰り下げに該当する年齢のため「5年分遡り、かつ、増加後の金額でもらえないだろうか?」と考えることができるのです。
今回のケースの場合、65歳から68歳までの分は時効の5年を超えているためもらうことはできませんが、68歳まで遡り、68歳時点から繰り下げ受給したとして計算してもらう。これが2023年4月から法改正で可能となります。
2023年4月に始まる「5年前みなし繰り下げ」とは
2023年4月より、5年前に繰り下げ受給をしたとみなしてくれる「5年前みなし繰り下げ」と呼ばれる制度が始まります。日本年金機構には以下のような説明があります。
年金を受け取る権利が発生してから5年経過後に、繰り下げ受給の申出を行わず老齢基礎(厚生)年金を遡って受け取ることを選択した場合は、請求の5年前に繰り下げ受給の申出があったものとみなして増額された年金を一括で受け取ることができます。
(日本年金機構ホームページ)
対象は年金を受給できる年齢から5年経過後の人、つまり原則70歳以降の人ということになります。よって73歳の人が「繰り下げ受給」の申し出を行わず、5年前に遡って年金を受給する場合は「68歳から繰り下げ受給の申し出があった」とみなしてくれます。パターンAとB、2つに分けて詳しく見ていきます。
<パターンA>73歳から繰り下げ受給した場合
65歳から8年間繰り下げているため
0.7%×12カ月×8年=67.2%
67.2%増加した年金を73歳から生涯受け取る
<パターンB>5年前みなし繰り下げの場合
68歳から繰り下げた(65歳からの3年間)とみなしてくれるため
0.7%×12カ月×3年=25.2%
25.2%増加した年金5年分を一括で受給
その後、毎年の年金も25.2%増加した額で受給
仮に65歳時点の老齢年金が年間100万円だったとします。
<パターンA>
73歳から167.2万円の年金を生涯受給
<パターンB>
73歳時点で125.2万円×5年=626万円を一括受給
その後は125.2万円の年金を生涯受給
パターンAとパターンBの73歳以降の年金額の差は42万円。パターンAの方が多くなります。ただし、パターンBは73歳時点で626万円を受け取っています。よって、42万円×年数=626万円になるところが分岐点となります。約15年です。
つまり88歳よりも長生きすれば、73歳時点で繰り下げ受給を請求した方が有利となります。どちらにすべきか?非常に判断が難しいところです。
※年金額は概算です。
まとめ~損得勘定ではなく自分らしいセカンドライフを描くことが大切~
今回の記事の要点をまとめます。
・2022年4月より繰り下げ年齢が70歳から75歳に。最大84%の増加率に
・2022年4月の改正を踏まえ2023年より「5年前みなし繰り下げ」がスタート
・70歳以降繰り下げの申し出をしない場合は5年前に繰り下げたとみなしてくれる
現時点で70歳未満の人は2023年4月より「5年前みなし繰り下げ」がスタートすることで選択肢が増えた印象ですが、基本的には「5年分(最大)遡るのか?」または「その時点から繰り下げ受給とするのか?」という点では現行制度と大きく変わりません。どうしても「一番得するタイミングで年金を受給したい」と考えがちですが、それよりも「どのようにセカンドライフを過ごしていきたいのか?」ということを優先してください。
繰り下げが最大75歳となり、また「5年前みなし繰り下げ」も適用されるため、なるべく70歳まで年金を受給しない方が良いと考えたくなりますが、はたしてその考え方でよいでしょうか?60代もそれまでと同様に一定の収入があればよいのですが、そうじゃない場合、日々節約し、それまでの資産を取り崩しながらの生活であまり充実感を得られないと感じるかもしれません。
リタイアし、せっかくできたゆっくりできる時間。60代と70代では通常、60代の方が元気に動くことができ、旅行などもめいっぱい楽しめそうです。もちろん、それだけお金が必要となります。そう考えると年金を繰り下げるばかりが良いわけではなさそうです。
一方で大きな病気の治療、介護施設への入所といった問題に直面した際に、「5年前みなし繰り下げ」で一括受給できることが助けになることも想定されます。
病気、予期せぬトラブル、そして何より私たちの寿命。こういった先のことは誰も分かりません。先を見据えてプランを立てることと同じぐらい、今を大切にすることも重要です。例えば60歳、65歳、70歳といった節目で「絶対にやりたいこと」、「優先的に達成したいこと」などをいくつか具体的に描くというのはいかがでしょうか?それらを実現することをイメージすると必然的に年金をいつ受給すべきか見えてきそうです。損得で考えず、より人生を楽しむことを考えながら年金と向き合ってください。
年金受け取りについてのQ&A
Q.65歳から加給年金を受け取ることができますが、年金を繰り下げた場合、加給年金も増額されますか?
A.加給年金は65歳未満の配偶者がいるなど一定の条件を満たした場合にもらうことができる老齢厚生年金の制度ですが、老齢厚生年金を繰り下げることによって加給年金は増額されません。よって加給年金を受給できる場合、老齢厚生年金は繰り下げを行わず65歳から受給し、老齢基礎年金のみ繰り下げるというのも1つの選択肢となります。
Q.生命保険会社で加入した個人年金も公的年金同様に受け取り年齢を繰り下げて、年金額を増やすことは可能ですか?
A.保険会社、保険商品次第です。また契約した時期等によっても異なります。繰り下げて増額できるタイプの個人年金が多いようなので保険会社のコールセンターなどで事前に確認をしてください。