新紙幣に切り替え、その影響とは?預金封鎖の噂はなぜ流れる?
監修・ライター
2019年4月1日、政府は新しい元号となる「令和」を発表し、それから8日後の4月9日には、2024年度の上半期をめどに、千円札、5千円札、1万円札の新札(新紙幣)を発行することを発表しました。2023年も残り数カ月となり、新紙幣への切り替えが近づいています。しかし巷では、新紙幣発行にともない、預金が封鎖されたり旧札が使えなくなったりするのではないかなどの噂話が蔓延しています。こうした噂話に惑わされないためにも、新紙幣が発行される理由や噂が広まる理由となった昔の出来事などについて解説していきます。
新札となるのはいつから?新札の人物は誰に?
冒頭で述べたように、具体的な日程はまだ発表されていないものの、2024年の上半期をめどに、千円札、5千円札、1万円札が新紙幣に切り替わることが予定されています。
また、これら3種類の紙幣の表面のデザインは、以下の人物になることが既に発表されています。
- 千円札・・・北里柴三郎氏
- 5千円札・・・津田梅子氏
- 1万円札・・・渋沢栄一氏
千円札の表面の肖像となる北里柴三郎氏とは、破傷風の血清療法を確立し、紀元前から人類を苦しめていたペストの正体であるペスト菌を世界で初めて発見した「近代日本医学の父」として有名な方です。
次いで5千円札の津田梅子氏は、日本人女性として初めての海外留学生となり、のちの津田塾大学を創設した日本における女性教育者のパイオニアです。
最後に1万円の表面を飾る渋沢栄一氏は、2021年のNHKの大河ドラマ「青天を衝け」の主人公としてご存知の方も多いと思いますが、銀行の創設をはじめ、生涯で500以上の企業と関わり、「日本の資本主義の父」とも称される実業家です。
今から約1年後には、現在の紙幣に代わりこの3種類の紙幣が日本に流通するようになるわけです。でも、なぜわざわざ紙幣のデザインを新しくするのでしょうか?
紙幣のデザインを新しくする理由
日本銀行が発行する紙幣や貨幣は、おおむね20年をめどに、そのデザインが変更されています。その理由は、偽造された紙幣が市場に出回り、通貨の信用が低下することを防ぐためです。
財務省のHPには、「(偽造紙幣の流通を防ぐため)、紙幣については、これまでも概ね20年毎に改刷(紙幣の偽造防止技術やデザインを新しくすること)を行ってきました。」と述べられています。
海外旅行へ行かれる方ならご存知かもしれませんが、米国では、高額紙幣での支払いはあまり望まれません。場合によっては拒否されたり、クレジットカード払いを勧められたりすることもあります。また中国では、紙幣で支払う際には偽札検知器が用いられ、偽札かどうかのチェックが行われることがあります。
日本でこのようなことが行われないのは、海外の紙幣と比べると日本の紙幣に用いられている印刷技術は極めて精度が高く、これが日本での偽札の流通防止に大きく貢献しているからです。とは言え、いつまでも同じデザインの紙幣を使用していると偽札が作られるリスクが高くなるため、20年を目処に新紙幣への移行が行われているわけです。
では、新紙幣への移行にともない、どうして預金封鎖の噂が流れるのでしょうか?
実は日本でも過去にあった!預金封鎖
預金封鎖とは、文字通り、銀行などの金融機関に預けている預貯金が封鎖され、引き出しが制限されてしまう状態のことです。「そんなことはありえないよ」と思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。たとえば最近でも以下の国々で預金封鎖が行われました。
- 1990年・・・ブラジル
- 1998年・・・ロシア
- 2001年・・・アルゼンチン
- 2002年・・・ウルグアイ
- 2013年・・・キプロス
そして、実は日本でも、1946年(昭和21年)に預金封鎖が行われていたのです。
ハイパーインフレと新円切り替え
第二次大戦後の日本は、空襲によって国内企業の生産設備の多くが消失したため、復興を目指す旺盛な需要に対して供給力がまったく追いつけない状態が続きました。
その結果物資の価格は高騰を続け、1945年秋から1949年春までの約3年半の間、公定価格で年率100%以上、自由・闇価格で年率約60%の高いインフレを経験することとなりました(注)。
こうしたハイパーインフレを抑制する目的で行われたのが、1946年の預金封鎖(いわゆる「新円切り替え」)です。同年2月16日の「総合インフレ対策」では、以下の内容が発表されました。
- 同年2月17日(つまり発表日の翌日)以降、全金融機関の預貯金を封鎖する
- 現在流通している十円以上の銀行券(旧券)を同年3月2日限りで無効とする
- 同年3月7日までに旧券を強制的に預入させ、既存の預金とともに封鎖する一方、新様式の銀行券(新円)を同年2月25日から発行し、一定限度内に限って旧券との引き換えおよび新円による引き出しを認める
このように、かなり強引なやり方で預金封鎖を行うとともに、現在流通している日本円をすべて無効とし、新円に切り替える方法が実際に日本でも行われたのです。
日本政府はこうした預金封鎖を過去に行った事実があるため、新紙幣発行によって預金封鎖が行われる噂話が広まるわけですね。
(注)大蔵省財政金融研究所フィナンシャル・レビュー「戦後インフレーションとドッジ安定化政策」より
タンス預金は100兆円、新円切り替えで預金封鎖は起こるのか?
では、新紙幣発行によって本当に預金封鎖が起こるのでしょうか?前回の預金封鎖を例に、その可能性を考えてみます。
前回の預金封鎖は、ハイパーインフレを抑制する目的で行われたものです。上述のように、当時のインフレ率は公定価格で年間100%を超えていました。いっぽう、日本銀行が発表している最新の資料「消費者物価の基調的な変動」によると、現在のインフレ率(コア指標)はおおむね2%台後半程度と言えます。
ちなみに、国際会計基準が示すハイパーインフレの定義とは、「3年間累計で100%(年率26%)以上の物価上昇が続く状態」であり、戦後日本の状態は紛れもなくハイパーインフレであったことが分かります。
これに対し、現時点でのインフレ率が3%にも満たないことを鑑みると、ハイパーインフレ対策として預金封鎖が行われるとは、にわかには信じがたいと言えます。
では、戦後日本で預金封鎖と同時に行われた新円切り替えはどうでしょうか?
新紙幣発行で新円切り替えは行われるのか?
かつてのような強引な手法で新円切り替えが行われれば、タンス預金をしている人たちにとっては、たまったものではありません。日本銀行が発表している最新の「資金循環統計」によると、2022年3月の時点でタンス預金は100兆円を超えています。こうしたタンス預金は、新円切り替えによって「使えない紙幣」に変わってしまうのでしょうか?
結論から申し上げると、新円切り替えによってタンス預金が消失してしまうことはありません。
財務省のHPによると、現在発行されていない紙幣のうち、以下の紙幣は現在でも使えます。
- 旧壱円券(大黒天:明治18年発行)
- 改造壱円券(武内宿禰:明治22年発行)
- 壱円券(武内宿禰:昭和18年発行)
- 壱円券(二宮尊徳:昭和21年発行)
- 五円券(彩文模様:昭和21年発行)
- 拾円券(国会議事堂:昭和21年発行)
- 百円券(聖徳太子:昭和21年発行)
- 五拾円券(高橋是清:昭和26年発行)
- 百円券(板垣退助:昭和28年発行)
- 五百円券(岩倉具視:昭和26年発行)
- 千円券(聖徳太子:昭和25年発行)
- 五百円券(岩倉具視:昭和44年発行)
- 千円券(伊藤博文:昭和38年発行)
- 五千円券(聖徳太子:昭和32年発行)
- 一万円券(聖徳太子:昭和33年発行)
- 千円券(夏目漱石:昭和59年発行)
- 五千円券(新渡戸稲造:昭和59年発行)
- 一万円券(福沢諭吉:昭和59年発行)
このように、明治時代に発行された紙幣でさえ、銀行へ持って行けば現在の紙幣(もしくは硬貨)と等価交換してもらえます。
ですから2024年に新紙幣が発行されたとしても、旧紙幣が使えなくなることはありませんし、銀行へ行けば新紙幣に交換もしてもらえるためタンス預金が消失することもありません。
預金封鎖はありえない
2024年の新紙幣発行によって、預金封鎖が行われたり、タンス預金が使えなくなったりすることは、今のところまず考えられません。ただし、1946年には、預金封鎖と新円切り替えによって、「誰がどれだけの財産を持っているのか」を国が完全に把握できたため、持っている財産に対して最高で税率90%の財産税が課税されることとなりました。
この財産税法は、戦時下の国家総動員法に基づいて実施されたものではなく、GHQが先導したとはいえ、戦後に行われたものです。
ですから私たちは、噂に惑わされる必要はありませんが、政府が行う政策は、常に注意深く見守る必要があると言えるでしょう。