長期金利がいよいよ上昇!私たちの生活にはどんな影響がある?
監修・ライター
2023年7月28日の金融政策決定会合で、日銀はこれまでの長短金利操作の修正に踏み切ることを発表しました。このニュースは新聞やテレビなどでも連日報じられており、耳にした方も多いのではないでしょうか?
金利の上昇は経済のあらゆる場所に大きな影響を与えるため、今回の日銀の政策修正は、もちろん私たちの生活にも大きな影響を及ぼすことは間違いありません。
そこで本記事では、日本経済の流れをざっくりと踏まえた上で、今回の日銀の修正内容をできるだけ簡単にまとめ、これから何が起こるのかについて解説していきます。
ここまでのおさらい
はじめに、今回日銀が修正を行うに至った背景について簡単におさらいをしてみます。直近の内容だけを見ても全体像が掴みにくいため、とりあえず40年くらい前にさかのぼってみましょう。
①プラザ合意
1981年にアメリカ大統領に就任したロナルド・レーガン氏は、レーガノミクスと呼ばれる経済政策を実施し、金融引き締め(=政策金利の引き上げ)を行いました。その結果、世界中から金利の高いドルを求めてお金が集まり、急激なドル高となってしまいます。ちなみに、当時のレートは、1ドル235円前後でした。
アメリカは、ドルが高くなり過ぎてしまったため海外で物が売れなくなり、巨額の貿易赤字に苦しみます。これを是正するため、各国で外国為替市場に協調介入するように合意したのが、1985年9月に行われた「プラザ合意」です。
このプラザ合意により、発表翌日には1ドル235円から20円ほど下落し、翌年にはなんと150円にまで円高が進行することになったのです。
②日銀の低金利政策とバブル経済
急激な円高によって国内景気が低迷した日本では、輸出産業を救済するため日銀による低金利政策が行われます。円高で苦しむ輸出産業は、円高と低金利を利用して生産拠点を次々と海外に移転し、徐々に景気を回復していきます。
一方、国内では、低金利で大量に供給された資金が不動産や株式市場に集中し、プラザ合意から1年経った1986年12月にはバブル景気へ突入します。
しかし、土地と株だけが異常に高騰を続けた結果、日経平均は3万8915円87銭の史上最高値を記録する程に加熱します。こうした状況を抑えるため、当時の大蔵省は1990年3月、全国の金融機関に対して不動産業への貸出を抑制する通達を出します。
その結果、土地の価格は暴落し、1991年2月頃にバブル経済は終焉を迎えたのでした。
③バブル崩壊から失われた30年へ
バブル景気が崩壊し、その後もアジア通貨危機やリーマンショックなどの経済危機に見舞われた日本では、経済を回復させるために日銀によってさまざまな施策が打ち出されます。その施策のうち、中心となっているのが以下の2つです。
- ゼロ金利政策・・・1999年より断続的に実施。2016年からはマイナス金利政策に移行
- 量的緩和政策・・・2001年より実施。2016年より「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」へ移行
ゼロ金利政策とは、金利を限りなく引き下げて誰でもお金を借りやすい状態を作り出し、市中に資金を流して景気回復を狙う手法です。
一方、量的緩和政策とは、ゼロ金利政策だけでは景気回復が達成できなかったために、追加で行われたものです。具体的には、日銀が金融機関などから国債や手形を買い取ることで市場に資金を供給し、景気回復を加速させようとするものです。
この量的緩和政策は、2016年から新たな枠組みとして「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」へ移行し、新たに「長短金利の操作」と「2%の物価上昇」を目指すことになりました。
2023年7月28日に日銀が発表した修正とは、この「長短金利の操作」に関する修正のことです。
ここまでの内容をまとめると、以下のようになります。
- 1985年のプラザ合意で急激な円高となり、輸出産業を中心に大きなダメージを受ける
- 日銀の低金利政策によって1986年にはバブル景気に突入するが、総量規制によって1991年に崩壊
- バブル崩壊後、日銀は金利を抑えて市場に資金を供給することで景気を回復する方法を開始
長短金利の操作とイールドカーブコントロール
上述のように、日銀は2016年より「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を開始しました。この長短金利の操作のことを「イールドカーブコントロール(以下YCC)」といいます。
YCCとは何か?
YCCとは、10年物国債の金利をおおむねゼロ%程度で推移するように金利の動きをコントロールすることをいいます。
では、10年物国債の金利が上昇しないように抑えるのはどうしてでしょうか?
それは、住宅ローンの金利(固定)や融資を受ける際の金利が、10年物国債の利回りを基準に決められているためです。もし、10年物国債の金利が上昇してしまうと、その影響は私たちの生活のあらゆる場所に及ぶことになります。
本格的に景気が回復していない状況で金利が上昇してしまうと、景気が腰折れし、再び後退局面に入ってしまいます。それを防ぐために、10年物国債の金利を抑えているのです。
どうやって金利を抑えるの?
10年物国債の金利を抑える必要があることは理解していただけたと思いますが、それではどうやって金利を抑えるのでしょうか?
これを正しく理解するためには、債券と利回りの関係を理解する必要があります。
国債のような債券は、人気があると低い金利であっても多くの投資家から買ってもらえます。一方、人気のない債券は、かなり高い金利を付けなければ買ってもらえません。この債券と金利の関係を利用して、利回りをコントロールするわけです。
日銀は、国債の金利が日銀の定めた水準を超えたところで、市場から無制限に国債を買い始めます。これを、「指値オペ」といいます。日銀が指値オペを行うと市場に流通する国債の量が減るため、疑似的に上述の「人気がある」状態となり、その結果金利が下がっていくわけです。
変動幅を拡大へ
なお、日銀は10年物国債の金利を0%に定めていますが、債券市場の金利は毎日細かく変動しています。そのため、当初日銀は「0%プラスマイナス0.25%程度」と変動幅を定め、それを超えた場合は指値オペを行う方針を示していました。
しかし、この変動幅を2022年12月には「プラスマイナス0.5%程度」に拡大し、今回の金融政策決定会合では上限の0.5%を「めど」としつつ、1%を事実上の上限とすることを発表したのです。
今後は何が起こるのか?
では、日銀が2度にわたって変動幅を拡大した結果、何が起こったのでしょうか?下図をご覧ください。
長期金利の変動幅を「0.25%→0.5%→1%」と拡大した結果、それに呼応するように、住宅ローンの固定金利の上昇が始まっています。この図の中から直近の1年間を抜粋したのが下図です。
令和5(2023年)年8月の時点での金利は最高で3.080%ですが、この利率は今後恐らく増えて行くことが予想されます。
これに対して変動金利型の住宅ローンは短期金利に影響を受けるため、長期金利の上昇と直接的な関係はないものの、このまま物価上昇が続けば今後は短期金利も上昇する方向に働く可能性が高いといえるでしょう。
こうした長・短金利の上昇は住宅ローンだけの話ではなく、企業が金融機関から調達する資金の金利にも大きな影響を与えるため、今後は収益が減少したり設備投資を控えたりする企業が増えてくるかもしれません。もちろん、こうした影響は、みなさんの給料や賞与にも大きく関係することになります。
一刻も早くディマンドプルインフレの達成を
日銀は、2016年以降物価上昇の目標を2%に設定し、景気回復に対する施策を打ち続けています。直近の数字を確認してみると、2023年の消費者物価指数は前年同月比で3.3%上昇しており、物価上昇率が3%のアメリカを逆転し、日銀は物価目標を達成したようにも見えます。
しかし、日本とアメリカの物価上昇の内訳はまったく違います。景気が良く、需要が高まった結果物価が上昇を続けるアメリカ(これを、ディマンドプルインフレといいます)に対し、日本の場合は、エネルギー資源高と円安による物価上昇(これを、コストプッシュインフレといいます)です。
このままの状態が続けば、日銀が設定した2%の物価上昇目標は達成できますが、物価が上がれば金利も上昇するため、私たちの暮らしはさらに厳しくなることが予想されます。少子高齢化が進む現状では、打てる施策は限られていますが、一刻も早く有効な対策を行い、ディマンドプルインフレによって2%の物価上昇を達成できるようになってほしいものです。