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高額療養費制度の負担額UPが見送り。もし引き上げられていたら?

そなえる 権藤 知弘

高額療養費制度の負担額UPが見送り。もし引き上げられていたら?

【画像出典元】「Ratana21/Shutterstock.com」

「高額療養費制度」という言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。これは、医療費が高額になった際の自己負担額を一定額に抑えるための制度です。

この自己負担限度額が2025年8月から引き上げられる予定でしたが、政府は2025年3月に引き上げを見送ることを発表しました。見送りの背景には、負担増に対する反対意見の高まりが影響したと考えられています。しかし、この改正自体が撤回されたわけではなく、将来的には再び引き上げが検討される可能性が高いでしょう。

高額療養費制度とは

高額療養費制度は1カ月にかかった医療費の自己負担額が一定の金額を超えた場合に、超えた金額分が後から払い戻される制度です。これは高額な医療費を支払った時の負担を軽くするためのものです。

医療費の自己負担割合は年齢や所得によって異なりますが、一般的には3割負担です。しかし高額療養費制度を利用することで、自己負担額をさらに抑えることができます。ただし月をまたいで入院したり、通院治療で継続的に高額の療養が発生したりした場合は、医療費の計算は各月ごとに行われるため、各月ごとに申請が必要です。

例えば2月10日から3月10日までの1カ月間入院した場合、2月10日から2月末日までの医療費と、3月1日から10日までの医療費は、それぞれ別の月のものとして扱われます。そのため2月分と3月分の医療費が高額になっていれば、別々に高額療養費の申請を行い、それぞれの月で自己負担額を超えた分が払い戻されます。

【現行制度】今の自己負担額は?年収別の上限額

高額療養費制度の自己負担限度額は、年齢および所得状況等により設定されています。下記の表は2025年3月現在の制度における69歳以下の自己負担の上限額とその計算方法です。

<69歳以下の高額療養費制度における自己負担上限額>

高額療養費のひと月の上限額試算表(年収別)

参照:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ

上記の数式を元に試算をしてみましょう。

例1)年収500万円の会社員が3月1日から3月30日まで入院し、入院中の医療費が100万円だったケース

このケースでは「ウ」の計算式を使います。

自己負担額=80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1%
     =87,430円

上記の例では100万円の医療費がかかっても、窓口での医療費の自己負担額は8万7430円となりました。食事代や差額ベッド代などは医療費に含まれないので、入院時の窓口での支払額はもっと高額になりますが、医療費の自己負担額が大きく抑えられていることがよく分かります。

2025年8月の改正では何が変わり、負担額はどれくらい増える可能性があった?

コストアップ
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2025年8月からの改正では、年収に応じて自己負担限度額が以下のように変更される予定でした。

<69歳以下の高額療養費制度における自己負担上限額(改正案)>

高額療養費のひと月の上限額試算表(年収別)2025年8月~
参照:厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて

・年収1160万円以上の場合、自己負担限度額が4万円近く引き上げられ、29万400円程度
・年収770万~1160万円の場合、自己負担限度額が2万円余り引き上げられ、18万8400円程度
・年収370万~770万円の場合、自己負担限度額が8000円余り引き上げられ、8万8200円程度

見直し後の制度では、年収が高いほど自己負担額の上昇幅が大きくなる予定でした。

【年収別】高額療養費ひと月あたり上限額目安を現行制度と改正後で比較

参照:厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて」、全国健康保険協会(協会けんぽ)「高額な医療費を支払ったとき(高額療養費)

上記の例1)の年収500万円の会社員のケースを新しい上限額に当てはめて試算してみましょう。

例2)年収500万円の会社員が3月1日から3月30日まで入院し、医療費が100万円かかった場合の試算(新制度)

このケースでは「ウ」の計算式を使います。

自己負担額=88,200円+(1,000,000円-294,000円)×1%
     =95,260円(>現行制度:87,430円)

同じ100万円の医療費がかかっても、見送り前の新制度の計算式を使うと8000円ほど自己負担額が上昇する結果となりました。この数字だけ見ると負担額の上昇が抑えられているように感じるかもしれませんが、年収1160万円以上の人では同条件の試算でひと月あたり約4万円の上昇になる予定でした。この数字を見ると、高所得者にとっては単月だけでも負担がかなり増えると言えるでしょう。また治療期間や入院が長期にわたると、より負担が大きくなる見込みでした。

多数回該当の高額療養費制度も見直しの対象だった

現行の制度でも、高額療養費として払い戻しを受けた月数が1年間(直近12カ月間)で3カ月以上あった時は、4カ月目から自己負担限度額が引き上げられています。この仕組みを「多数該当高額療養費」と呼びますが、今回の改正では、今まで以上に自己負担額が引き上げられる方向で審議されていました。

なぜ改正が検討されたのか?高額療養費制度の見直しの背景

最大の要因は高齢化が進んだことですが、加えて医療技術の進歩や高額薬剤の普及により医療費が増大し、結果として現役世代の保険料負担が増加しています。この状況を踏まえ、制度の維持と現役世代の保険料負担軽減を図ることを目的にして、今回の改正が行われる予定でした。また、2025年8月に改訂後の2027年8月以降に負担額の上限がさらに上がることも計画されていました。残念ながら少子高齢化が進む中では、自己負担額の上限が上がることを避けるということは難しい状況です。

負担増に備えて今からできること

医療費
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医療費制度は国の制度であり、限度額の上限を一人だけ下げる・負担を抑えるということは事実上できません。そのため医療サービスを受け、高額療養費の上限額まで支払った後に負担を軽減するための対策を考えてみましょう。

①確定申告で医療費控除を申請する

1つ目は確定申告で医療費控除を申請することです。医療費控除とは、年間の医療費が10万円を超える場合に、その超えた分を所得から控除できる制度です。年末調整では対応できませんが、年間の医療費が10万円を超えた場合、確定申告をすることで「医療費控除」が適用され、所得税や住民税が軽減されます。マイナンバーカードを使えば、スマホから手軽に申請できます。

現在、NFC機能がついたスマートフォンとマイナンバーカードがあれば、確定申告は簡単にできるようになっています。もし年間の医療費が10万円を超えた場合は、ぜひ確定申告で医療費控除を申請しましょう。

②民間の医療保険への加入

2つ目は民間の医療保険への加入です。今後も高額療養費の自己負担額の上昇が予定されています。また医療機関の窓口での3割負担も、この先いつまで制度として持続ができるのか分かりません。そのような事態に備え、自分で準備できることの一つが民間の医療保険への加入です。入院した際に医療保険から給付金を受け取ることで、自己負担を軽減することが期待できます。

ただし、民間の医療保険から給付金を受け取るためには入院が前提であり、毎月の保険料の支払いが必要です。そのためメリットとデメリットをよく考えた上で、民間の医療保険を検討する余地はありそうです。

③限度額適用認定証の活用

3つ目は「限度額適用認定証」の活用です。限度額適用認定証とは、医療機関の窓口で提示することで、自己負担額を一定額に抑えることができる書類です。高額療養費制度では、後から返金されるとしても一時的に立て替え払いが必要です。そのため負担が大きくなることもありますが、この書類を活用することで、自己負担額以上の高額な医療費を支払う必要がなくなります。

なお誤解しないように注意したいのは、この限度額適用認定証があるから自己負担額が下がるわけではなく、窓口での立て替え払いをしなくても良いということです(限度額適用認定証は負担を軽減するものではありません)。

なおマイナ保険証(健康保険証利用登録を行ったマイナンバーカード)を使うと、利用者の所得などが連携されているため、限度額適用認定証を用意する必要はありません。マイナ保険証で受診することで、自動的に適用されます。

まとめ

高額療養費制度は私たちが安心して医療サービスを受けるための重要な制度です。今後、今まで以上に高齢化が進み、医療費への支出がさらに増えていきます。2025年8月の自己負担額上限の引き上げは一旦見送られましたが、タイミングが先送りされただけと言ってよいでしょう。

当然ながら、高額な所得税や社会保険料を負担している高所得者の中には新制度が不公平だと感じる人もいます。高額所得者の中にも、病気や怪我で高額な医療費が継続的に必要な人は存在し、引き上げが実施された場合、これらの人々の負担が過度に増えてしまう恐れが高いでしょう。また通院しながら継続的にガンなどの治療をしている人にとって、多数回該当で自己負担額がアップすることはまさに死活問題となります。

政府は多くの反対意見を受けて、2025年8月の改定は見送ることを発表しました。ただ今回の見送りは選挙対策としての先送りとも言え、将来的に自己負担額の上限金額が上がることは避けられません。今後の動きに注目しましょう。

高額療養費制度に関するQ&A

Q:高額療養費受領委任払制度とはどのような制度ですか?

A.:国民健康保険加入者の方で、医療機関への一部負担金の支払いが難しい場合に利用できる制度です。患者が医療費の自己負担分を医療機関に支払うことが難しい場合に、自己負担分は保険者(自治体)が医療機関に直接支払う制度です。対象者は国民健康保険に加入する自営業者や無職の方で、会社員は対象外です。

Q:限度額適用認定証に有効期限はありますか?

A:健康保険組合が発行している限度額適用認定証には有効期限が設けられています。有効期限は健康保険組合ごとに異なり、3カ月から6カ月程度が多いようです。また国民健康保険では直近の7月31日までになっています。