転職しても給料が上がらないのはなぜ?賃上げできない日本企業の問題点
監修・ライター
岸田総理は就任以来「新しい資本主義」を掲げ、賃上げ税制の整備や経団連への賃上げ要望など、あの手この手で労働者の賃金引き上げと経済の底上げを試みるものの、いまだその成果が出ているとは言い難い状況が続いています。
「新型コロナウイルス」や「ロシアによるウクライナ侵攻」の影響を差し引いても、日本人の平均所得は一向に上がる気配がなく、2021年にはOECD加盟国中24位(米国の約半分)まで下降しており、既に下から数えた方が早い所まで落ちてきています。
日本では、転職しても給料が上がらない、もしくは下がった人が多数を占めます。では、そもそもどうして給料が上がらないのでしょうか?日本企業に潜む、給料を上げられない、賃金を上げたくても上げられない構造的な問題について考察します。
そもそも給料を上げるためには何をすべき?
はじめに、どうすれば給料が上げられるのかを、支払う側の企業目線で考えてみます。従業員の給料を上げるためには、企業が利益を出さなければなりません。利益を出さなければベースアップするための原資が得られないわけですから、当たり前の話です。
一人ひとりがしっかりと働き、ベースアップに足るだけの十分な利益を出すことが、給料アップのためには最低限必要なわけです。
労働生産性が極めて低い日本企業
一人ひとりの従業員がどれくらいしっかりと働いているのかを示す指標として、労働生産性を諸外国と比較し、日本企業で働く日本人の労働生産性がどれくらいかを見てみます。下図をご覧ください。
引用元:財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2022」P5より一部抜粋
日本の就業者1人あたりの労働生産性は81,510ドル(1ドル130円の場合で約1000万円)で、これはOECDに加盟している38カ国中29位とかなり低く、日本と同じ「もの作り大国」として知られるドイツと比べても7割以下の生産性しかありません。
また、1人あたりの労働生産性が約1000万円なわけですから、少なくとも企業は従業員に平均1000万円以上の給料を支払うことは出来ません。国税庁の民間給与実態統計調査によると、日本人の平均給与は443万円であることから、労働分配率が4割以上と考えると、決して日本企業がケチだから給料を上げないわけでないことが分かります。
労働生産性が低いのは労働者が怠けているから?
ここまで読むと、「日本人の労働者が怠けているから労働生産性が低い」と思われるかもしれませんが、決してそういうわけではありません。むしろ、限定された状況の中でかなり頑張っている方だと思います。
では、何が問題なのでしょうか?日本企業を大企業(上場企業)と中小企業に分け、問題の本質について考えてみます。
日本の大企業の収益率を下げている問題とは
日本の大企業が米国企業と比べ、平均的に収益率が低いのは、皆さんご存知の通りです。下図をご覧ください。
内閣府作成「年次経済財政報告」第2節日本企業の特徴とその変化より一部抜粋
日米の上場企業の収益性を、企業の総資産に対してどれだけの利益が生み出されたのかを示す指標である「ROA(総資産利益率)」で比較すると、常に日本企業の平均値の方が米国企業より低いことが分かります。1990年前後のバブル経済期には米国企業の利益率が落ちたため、その間だけ両国の数値は近づきましたが、それでも日本企業が追い越すことはありませんでした。
この原因を簡単にひと言で言い表すことは出来ませんが、上述の年次経済報告書によると、日本企業の利益率が常に低い一因として、「資本コストの低さ」を挙げられています。
資本コストとは?
企業は、外部から資金を調達し、その資金を元手に事業を行っています。企業の資金調達先はおもに2種類あり、1つは投資家からの出資(株主資本コスト)で、もう一つが金融機関等からの借り入れ(負債コスト)です。この両者を加重平均したものが「資本コスト」です。
資本コストとは、簡単に言うと、お金を出資した(もしくは貸した)人が企業に求める平均利回りのことです。同報告では、日本企業の収益性が低いのは、とりわけ株主資本コストが低いことが原因の一つであると結論付けています。
株主のガバナンスが効いていない
株式会社を一つの箱と考えると、その箱の中に入っている様々な資産・負債や契約などは、すべて会社という法人が所有しています。ではその会社という箱の所有者は誰か、というと、株主です。
取締役の選任も、役員報酬の金額決定も、すべて株主総会で決議されます。この株主が、投資した会社に対して求める期待リターンの低さが、日本企業の収益性の低さの原因の一つとなっているのです。
オーナーである株主がそれほど高い収益性を望んでいないわけですから、株主から会社経営を任されている取締役が大胆なリスクテイクをする必要はありません。
一方、基本的に米国の株主は高いリターン率を求める「モノ言う株主(アクティビスト)」であり、配当額等が低ければ株主総会で徹底的に糾弾され、取締役は簡単にクビにされます。質疑応答や議論などがなく、短時間で終了する「しゃんしゃん総会」が大半の日本企業とは、かなりの差です。
労働者の権利が強いのも原因の一つ
これ以外にも、諸外国と比べ労働者の権利が強いのも、収益性の低さの原因の一つと考えられます。米国企業であれば簡単に人員削減が行えるため、収益に見合った賃金にいつでも調整することが出来ます。
しかし、日本では労働者の権利が強いため、正社員の人員削減が難しく、これが企業の大胆なリスクテイクを阻害して収益性を悪化させる一因となっています。
労働者の権利が強いこと自体は良いことなのですが、その結果企業収益が低迷を続け、労働者の給料が上がらないという無限ループが続いているわけです。
中小企業が抱える構造的な問題
次に、中小企業について考えてみます。日本の中小企業は全企業数の99%を占めており、全従業員の約70%が中小企業に雇用されています。この中小企業の大半は「株主=経営者」のオーナー社長が経営しているため、上場企業の場合とは状況が大きく異なります。
では、中小企業では何が収益性を低下させているのでしょうか?
高齢化する経営者
中小企業の経営者は、年を追うごとに高齢化しています。下図をご覧ください。
引用元:中小企業庁作成「令和3年(2021年度)の中小企業の動向」P92より一部抜粋
中小企業経営者の年齢分布のピークがこの20年間で20歳近く高齢化し、何と現在は70代前半になっています。このおもな理由は、後継者の不在によるものです。
では、事業承継を行わず経営者が高齢化したら、一体何が問題なのでしょうか?
経営者の保守化と収益性の低下
経営者の年齢が高齢化すればするほど、新しい分野にチャレンジする試行錯誤が行われにくくなることがデータとして表れています。
引用元:中小企業庁作成「令和3年(2021年度)の中小企業の動向」P94より一部抜粋
高齢化によって保守化していくことは、何も経営者だけに限ったことではありません。問題は、事業承継を行わないまま高齢化し、保守化した経営者の企業がどうなるかです。
下図をご覧ください。
引用元:中小企業庁作成「事業承継ガイドライン」P13より一部抜粋
事業承継を行わず経営者が高齢化した企業と、事業承継によって経営者が交代した企業を比較すると、経常利益率に1.6倍近くもの開きがあります。中小企業の収益性が大企業と比べて低いのは、これがすべてではありませんが、大きな要因の一つであることは間違いありません。
中小企業の事業承継は従業員の雇用を守り地域経済を支えるために必要不可欠ですが、そこで働く従業員の給料を上げるためにも、適切な時期に行われることが必要であると考えます。
終わりに
日本企業で働く私たちの給料が上がらないのは、私たちの働き方が悪いわけでも、企業や経営者が悪いわけでもありません。複数の要素が複雑に絡み合い、結果として給料が上がりにくい状況を作り出しているためです。
この状況を打開する方法を見つけ出すことは簡単ではありませんが、まずは国が給料を上げた企業に対して何らかのインセンティブを与え続けることが大切なのではないかと思います。